この本は韓国の人が書いた本である。韓国ではショウペンハウワーはじめ哲学がブームになっているらしい。生きることを考えている韓国の人たち。大事なことだ。
ショウペンハウワー・・・聞いたことあるけれど、なんか難しそうだよね。
私は彼がどんな主張をしたのか知らない。
暗くて重くて難しい。3重苦のようなイメージだけ持っている。韓国の人の文章は比較的読みやすい印象を私は持っている。(ハビングノートを試してみた|お金が怖くなくなった「The Having」の話)
今回はどうだろう? 難解な哲学者の考えを私にひも解いてくれるだろうか?
哲学ってそもそも必要なのか?
私は必要だと思う。哲学は考え方の学問だ。人間は考える葦である。有名な言葉。
考えるのが人間なのだから、哲学は必要だろう?
私は、哲学は嫌いではない。どちらかというと好き。しかし著者によっては難しすぎる。読んでも難しくてわからなくなる。結局どういうこと?ってね。
今回はどうか。
韓国のカン・ヨンスさん、期待してます。
さて、カンさんと一緒にショウペンハウワーの世界へ行って見ますか!
人間はなぜ「辛い」と思うのか?
人間には苦はつきものだ・・・普通の人なら完全に100%幸せという人はいないんじゃないかな?100%不幸というのもないと思うけれど。人によるのかもしれない。
現代社会は「楽しんでなんぼ」って風潮がある。「一切皆楽」できて価値があるような風潮を感じる。しかしショウペンハウワー的には違うという。
人生の苦しみはすべて生きる意志から生じる。
この世の生きとし生けるものは、生きようとする意志を十分に持っているが、この意思が十分に満たされないがゆえに生きることがつらいのである。
人間の本性を「生に対する盲目的な意志」と見て、この永遠に生きようとする見境のない欲望は満たされることがないため、人間は苦しみから逃れられない。
あらゆる人生は苦痛である。
なんと!そこまで言い切るのか、ショウペンハウワー。確かに仏教では「一切皆苦」というけれど、これは仏教だけじゃなかったのか?!
引用文はちょっと詩的で難しい。
人は「生に対する盲目的な意志」を持っていて永遠に生きたいと本能的に欲しているらしい。でもそれは死によって100%阻まれる。だから苦しみから逃れることはないということだと私は理解した。
確かに「死にたくない」よ。私だって。それは生きているものみんなじゃないのかな?
言葉に出さない犬、猫、動物たちだってみんな死にたくない・・のではないだろうか?
プッチだって生きたかったはず。(そう思いたい。)
確かにこの根本的欲求は叶えられない。
だから、源には苦痛が存在するわけか。
一理あると思った。
「死」がある以上、それは絶対的で逃げられない。苦も続くということか。
根本的な「苦」の原因はわかった。これはショウペンハウワーに言わせれば、持って生まれた欲望に根差す苦でありお付き合い必須ってことのようだ。
今度は人生の生活における「苦悩」について考えてみたい。
人生に立ちはだかる2つの壁――苦痛と倦怠
人生は苦痛と倦怠を行き来する振り子だ。
ショウペンハウワーは、不幸の原因を苦痛と倦怠だと考えている。
さっきの根本的「苦」からずいぶん現実的な内容になってきた。
人間の幸福を妨げる二つの敵は、苦痛と退屈である。人生とは、この二つの間を行き来するものだと言える。外面的には困窮と欠乏が苦痛を生む一方、安全と過剰は退屈を生む。
欠乏は苦痛であり、過剰は退屈。
お金のない人は欠乏で苦痛を味わい、豊かな人は金の使い方がわからず、倦怠を覚えるという。(ショウペンハウワーの時代からこんな社会的課題があったんだという私の驚き、それは置いておこう。)
確かに人間は同じことでずっと幸せを感じることはできないようだ。
お金がない。友達がいない。必要なものがない。欲求が満たされない苦痛。
これはある。私も経験してきた顔なじみの苦痛だ。苦悩ともいえる。
でも、お金も人間関係も才能も全部満たされている場合、気を付けないと今度は「倦怠」という壁が現れてくる。人間の心はこの苦悩と倦怠の間を振り子のように揺れ続けていると指摘している。
不幸ってもっと複雑な要因が絡み合ってると考えていたけれど、彼に言わせればシンプルなんだよね。これは意外だった。ではどんな人間がハッピーになれるのか?
ちゃんと書いてあった。
ショウペンハウワーの言う幸福な人とは、他人に金をせがまなくてもいいほどの財産が有り、暇な時間を楽しめるだけのとびぬけた精神力を持ち合わせた者であるという。苦悩は、一つの原因から遠ざかるにつれ、もう一つの原因に近づいていく。
答えはある程度の財力と力強い精神力。この2つらしい。
自分に当てはめて考えてみた。
財力は目下努力中。これはこのまま進めば良い。というかそれしか道はない。
暇な時間を楽しめる精神力。これは森さんの夢に通じる話だ。
自分一人が夢中になれるものを探す。こちらも私は着手できている。このまま進むだけだ。
よぉし!
難しい哲学も、私事として考えるとわかりやすいぞ。これは使える。
人間の苦しみについて
ここまでで人の苦しみ、つらさの根本原因についてショウペンハウワーの考え方を本を参照して紹介してきた。
そこには生の根本に根差した欲望「永遠に生きられない」が叶えられないことによる「苦」が一番の元。
そしてその上に満たされない欠乏感から来る苦悩と、満たされたことに慣れることから来る倦怠があった。人の心は人生の旅路において、この苦悩と倦怠の間を振り子のように動くらしい。
この2つに対応することが、ショウペンハウワーのいう幸福への道になりそうだ。
次回からは、欠乏から生じる欲望について哲学の道を歩いてみたい。
ちょっと小難しいけれど、私にとっては必要だと感じている。
なんといっても私は考える葦なのである。(笑)
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