いよいよショウペンハウワーも最後の章にはいってきた。
今回はどこに幸せを見つけたら良いのか?ということについて書きたい。
幸福は欠乏から充足に変わる束の間感じることができる。
対して苦痛は長く人間の意識を引っ張るし、それが満ち足りたら今度は倦怠に襲われるというものだった。これは以前の記事で検証したとおりだ。
幸福や快楽は一瞬で、欠乏と苦悩は永続的。
これは困った状況だ。
そんじゃぁ、人間って圧倒的に不幸な時間が長くないですか?って言いたくなる。
一切が苦だといった仏教的には真理なのかもしれないけれど、私としてはそこをなんとかしたいんですけど・・・とショウペンハウワーに聞きたくなるのである。
「小確幸」を見つけよ。
読み進めたが、快楽や幸せを感じる時間が短く、苦悩は長く感じるというこの事実は如何せん、どうにもならないようだ。人間の性質としてそうであるようになっているらしい。
であれば、ここは原典というより、私なりの実践的な解釈だけど、その短く小さな幸せを逃さず感じよということになると思う。「小確幸」(ショウカッコウ)を見つけて大いに味わえ作戦だ。
「小確幸」とは村上春樹のランゲルハンス島の午後で使われた言葉で、「小さいけれど確固とした幸せ」を略したものだという。
この小確幸だ。私たちが大事に感じるべきものは。
幸せはあっという間に終わり、さらに小さいものがほとんどである。この事実を受け止めよ。
「こんなしょうもないことで喜んで、私って阿保かいな?!」と思うことがあるが、これこそ大事にするべき才能だったと今、気が付く。
「こんなしょうもないことで喜んで、さすが私、天才かいな?!」であったのだ。
幸せの性質が小さくあっという間である以上、小さなことを大きく喜ぶことこそ才能であったのだと私は考えている。
私はまたしても自分を発見してしまった。
どうやらいろいろなことを、捉え違いをしていたらしい。
やれやれである。
若さはあっという間に流れていくし、時間も絶えず去っている。すべてはすぐにおわってしまうから、小さな快楽を逃さず感じられるようになったほうがいい。
「のどの渇きを潤してくれる一杯のコーヒーで、とても幸せになれるように。」
この感覚は、以前「幸せとは『楽しい時間』なのかもしれない」という記事でも書いたことがある。
未来や過去じゃない。今を生きよ!
そしてさらに人間がよくやるのは
過去を引っ張り出して「あのときああしていれば」を考えて自分を責める。
または、「将来ああなったら困る。どうするべきか?」と未来を思い心配する。
この2つは私も得意技としている。
これが良くないんよね。やっぱり。
良くないのはわかってる。未来や過去は実在として存在しない。
頭の中にあるだけだ。
私がいるのはいつも「今」であって、その今も常に流れている。
ショウペンハウワーは現在の価値を強調したという。
今日という日はたった一度きりだ。2度とやってこないということを、常に肝に銘じておくべきだ。
ごもっともだ。今日の今このときを受け入れ、今を肯定的に評価せよ。
過去の後悔、未来の心配?それは幻想だ。何の心配もなく安全に生きている現在の価値を計れ。
それはとてつもない僥倖として今あるってこと。
「今」ってスゲー。
さらにショウペンハウワーは
しかし、あまりに現在にのみ拘って生きる人を、軽率と見た。生きていく上で重要なのは、現在と未来への関心が一方だけに偏らないよう、コントロールするべきだ。
現在のだけでもダメ、未来ばかり考えてもダメ。こりゃいよいよ難しい。
過去のことは触れていない。終わった過去に囚われるのは論外だとバッサリ切っているのだろう。
言えることは、1分が集まって60分になり、1日が積みあがって1年になるということだ。未来を考えるなということではない。
未来を考えている今も、結局は「現在」なのだってことを忘れないでおこうってことか?
とにかくも、私は常に現在に生きているだけだということ。
ここだよ。大事なのは。
大事と分かっていても意識から漏れていくから困りものなのだけれど。
以前「50代になって気づいた『時間』の価値」という記事でも、似たようなことを考えていた。
有名なエピソードとしてのお話を一つ。
スティーブ・ジョブズは毎朝、鏡を見ながら「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをほんとうにしたいだろうか?」と自問し、もし「ノー」だと思ったらそれをやらなかったという。
私はそこまで本気で今日を生きただろうか?
そこまで集中してやっただろうか?つい怠けて動画を見過ぎていなかったか?あっちゴロゴロこっちゴロゴロをしなかったか?
やっていたな。そしていつもやっているな。
やれやれである。
私は朝から今までの、宇宙でただ一回きりの私の今日を見返して宙をみた。
人はなぜ、そんなに群れたいのか?|『求めない練習』を読んで⑤
誰にも奪われない幸せを私は持っている|『求めない練習』を読んで⑦
ショウペンハウワーはなぜ「人生は苦しい」と考えたのか?|『求めない練習』を読んで
健康のことも、心のことも、根っこにある不安は同じだと思う。私がこのブログで伝えたいことはお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

