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「いつか幸せになる」と思っている私へ

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朝起きて、ふと思ったことである。最近幸せについて深く考えているから、ひらめいたのかもしれない。

閃き大事。残しておこう。

幸せにいつか「なる」と思っていないか?幸せは頑張っていたら、いつか「来る」って思っていないか?私よ。

私にとっての幸せって何だ?

私にとっての「幸せ」って何だろう?

幸せは小確幸だってことは知っている。

ふとした時の、あの短い味わい深い幸せのことだ。長雨の後の朝の気持ちよさ、朝のコーヒーの美味しさ、温泉に入った時のほぐれる感じ・・・これらはあっという間に消えてしまう幸せだ。

これをしっかり味わうことの大切さについては以前書いた。

小確幸以外の幸せはないのか?

物事に没頭しているときが幸せだという。仕事でも趣味でも何でもいい。

没頭。これは私の体調とメンタル操作で実現できそうだ。

特に午前中、没頭できやすいと感じている。

没頭出来たら気持ちいい。これも実感としてある。

そしてさらに、新しい経験と「そうだったのか?!」っていう発見。これも幸せだと感じる。

私にとってこれが結構嬉しかったりする。

その他に幸せだな、楽しいなと思うことはないか?

あるぞあるぞ。

家族で旅行に行った。みんなでゲームした。

大好きな人たちと語らった。お茶した。

他者とのかかわりでも幸せを感じることがある。社交性が人間の基盤だから、他者とのつながりを感じれば嬉しいし、楽しい。

「あれ、私いまめっちゃ幸せじゃない?」という発見

そうするとだ、「あれ?」私もしかして今、めっちゃ幸せじゃない?って気が付く。

そうなのである。

幸せを感じられる材料がすでにあるのに、それを幸せとして認識していない人が、私を含めているのではないか?

もしくは幸せになれるよう、集中できたり調整出来たりする状態。「幸せすぐそこ状態」なのではなかろうか?

私はこのことに気づいた。そもそも私は、幸せがデフォルトだったのかもしれない。

だから大事なのは「家族でわいわい楽しんでいるとき」「私自身、親含めみんな元気でいてくれるとき」「大好きな友達と心行くまで会話できるとき」

今が人生の「てっぺんだ」って叫んでいるか?が重要なんだと思う。

私は一人旅が好きだ。この前の尾道も自分の中では最高にたのしかった。

あの瞬間にそれを十分叫ぶことができたか?

そこだと思った。

流石に一人旅、お寺で阿弥陀様の前で拝んでいるとき、「今が人生のてっぺんだ!」と叫ぶことはできない。(阿弥陀様は笑ってくれるけど、まわりの人が引いてしまう。

)

でも、数人で話していたり、家族で楽しんでいるときは口に出しても良いと思う。

何なら「何が幸せか」尋ねてみても良いかもしれない。

「いつか」を待っていたら、一生気づけないまま過ぎ去ってしまう

何が言いたいかというと、「幸せ」はいつかではなく「その時」味わって認識するべきものだったこと。

幸せにいつかなるではなくて、自分の価値観にドンピシャな今「なっている」んだってことだ。

そこをしっかり掴みとれと言いたいのだ。私よ。

いつか、いつかでは永遠に気が付かない。それじゃぁ、遅いんだよ。

そのためには自分の幸せは何か、言語化して具体化しておくことだ。幸せって実はとっても抽象的なことだ。

私は何をしているときに楽しいのか。どんな時間を「幸せだ」と感じるのか。

そこを、まず当の本人が知っておかないと自分でも気づけない。

幸せはいつもふんわり包んでくれていたのに、私は気が付かなかった!!失くした後で悔やむ、あのよく言われるパターンになってしまう。

知らない間に幸せ時間が過ぎ去って、さっき幸せだったのに気が付いていないから、永遠に幸せを探したり待っていたりすることになる。これでは、あまりに残念だ。

何もかもがもったいない。

自分の価値観を明確にして、まずは当の本人が自覚すること。

私は「こういう状態が楽しいし幸せなんだ」と意識しておくこと。

「今が人生のてっぺんだ!」と心の中で叫ぶ練習

そしてそれが来ていると感じる繊細さが必要だ。

「よっしゃ、いま幸せ来ている!!」

そう、感じたら、「今が私の求めた幸せのてっぺんだ!!」と心の中では叫んでおこう。

声に出したほうが良いけど、それはちょっとはばかられることも多い。

だから、自分の心の中に刻む。もしくは365デイズノートに書いておく。

「今日あの時のあの時間が、人生のてっぺんだった」ってね。

今ある幸せと余すところなく感じきること。それが今日を幸福でみたす一丁目一番地ではないだろうか?

朝から深く思索した私である。

さて、今日はどんな「人生のてっぺん」を味わうことができるだろう?

私にとってはこういう自分の気づきを書くことも、「人生のてっぺん」だということに、最近気が付いた。喜ばしいことである。

あなたも「人生のてっぺん」の瞬間、感じてみてほしい。それは実は毎日の中にいっぱいあるものだと私は思っている。

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