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人生の一撃を食らったとき、どうする?|ACTで思考と距離を取る

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あなたは人生の一撃を食らったことはあるだろうか?

人生の一撃とは、生きていく過程で、外界から受ける強烈なアタックのことである。

それは、失敗、家族親族ペットとの別れ、喪失・・・とにかく想定外のあってはならないことと言ったらわかってもらえるだろうか?

50代の人なら経験はあると思う。あれはかなり痛い。私は痛すぎで困っている。

その時の対処方法は?あなたはどうしてる?

完全に対応するなんてできないかもしれない。

過去できなかった、私は。

私には感情があるからだ。

でも、アタックに打ちのめされているのも、個人的に嫌なのである。

すっごく嫌。

そしてこれを一度経験すると、「今度またあれを経験したくない」という新たな恐れが湧いてくる。

アタックを前もって想定して恐れるという副作用もある。やっかいだ。

一撃は必ずやって来る

生きている以上、衝撃の一撃がやってくることがこれからもきっとあるだろう。

それは他者の死であったり、自分自身の病の告知であったり、やってはならない失敗であったり。

こう書いていても、嫌な気分になる。

よく、病気告知されて頭が真っ白になったという話は聞くがまさにあれだ。

病気以外でも、思いもよらない失敗も焦ってしまう。

警察に一時停止で捕まっただけでも手が震えた私。

そう、私はビビりなのだ。だから副作用も含めて困っている。

いわばこの一撃が怖くて、犬を飼うことができないでいる。

猫のまるは大事に大事にしているけれど、一撃は覚悟せねばなるまい。嫌だけど。

思えば思うほど怖くなってきた。

そして私は考えるのである。

「みんな、どう対処しているんだ?!」ってね。

あなたはその対処法、知っているだろうか?知っていたらぜひ、私に教えてほしい。

マジで切実に知りたいと思う。

私は一撃の後の思考が怖い

私は結局自分の感情をコントロールしたいんだと思う。

厳密にいうと、感情は無理でも、思考は是が非でもコントロールをしたいのだ。

思考に振り回されるのは、とても疲れる。

あなたも経験ないだろうか?私はありありである。

この思考と感情が暴れまわるのが、人生の一撃を食らった時だ。感情は仕方ない。それに思考が追い打ちをかけてくる。その思考はアメーバのように、納豆のようにあちこちにひっついて妄想激しく、後悔厳しく、罪悪感まで装って広がっていく。そして長時間、鬱鬱と過ごすことになる。

あかん。

。。。でも、多分、これ、みんなあることだと思うのだ。

多くの人は、「当たり前」のこととしてこれらの感情と思考に付き合っているのではないか?

今までの私がそうであったように。

でも、当たり前なのか?当たり前で流すにはこの思考はマイナス影響が大きいと思う。

対処方法見つけた。ACT(アクト)。

私はそれに対処するための方法を見つけた。ACTである。聞いたことのある人いるだろうか?

私は今日、思いもかけぬミスをやったことがわかったのである。

まだこれは解決していない。

この事実を聞かされた時、スマホを耳に押し当て頭を抱えた。「あちゃーー、やらかしてしまった。今更どうしようもない。どうしようもない。」

手が震えた。

その時私が思ったことは、暴れる思考を感じながら、このもやもやを解決するまで抱えていかないといけないのか、鬱だわ。ってこと。

つまり、嫌なのだ。

あれこれどうしようもない思考に囚われることがわかっているので、それも嫌で嫌でしょうがないのである。

そこでACTの出番だ。

簡単に言えば、その思考とその感情を否定せずに、「今私は「大失敗してしまった、困った」という思考を持っていることに気づいた。不安と恐れも感じている」と認め、次に身体を意識し自分がコントロールできることをしてみる。例えば歩く、背伸びするなど。そして最後に今自分がしていることに集中する。

この手順だ。

思考から逃れよ。距離を取れ。

一撃からの立ち直り方法にも直結するが、一丁目一番地は自分が「思考に囚われている」ことに気づくことだ。

一つのことを悶々とやっていると、他のことが上の空にならない?

あれだ。その時気がつけという。

これは1日、常に意識しといたほうが良いらしい。

例えば今回の私の場合、さっきから五月蠅いのは

「単純なミスだ、みんなに迷惑かけてどう対処するつもりだ!」・・・これはちょっと長いからあかん。「お前は役立たずだ」という思考だな、端的に言えば。

この思考を取り上げて、耳を傾けてみる。そりゃ、嫌な気分になるし言い訳したくなるし、さらに思考が回りそうになる。そうなったところまで感じて、ここであえて「私は「お前は役立たずだ」という思考を持っている」と言ってみる。

これが大事だという。

思考に名前を付けよ。

思考とは単なる「言葉と映像」に過ぎないという。

言葉や映像によって、胸がキュッとなる感覚を覚えるが、あれは感覚であって思考ではない。

思考を感じたことある?

ちょっとやってみよう。

目を閉じてしばらく座ってみる。

きたきた、意味のない思考たちが・・・。

私によく来る思考は「面倒だ、やりたくないなぁ、嫌だなーー」というやつだ。

これは四六時中来てる気がする。これは、言葉だな。

思考って確かに「言葉と映像」だ。私の場合は言葉が多い。

私が感じやすい思考

「みんな私がいなくても楽しくしている、ちぇ」・・・寂しがり思考 MRぼっち

「過去あのときああしとけば良かった。」・・・後悔思考 MR後悔

「私が悪いんだ」・・・罪悪思考 MR罪(ザイ)

「いつも失敗ばかりだ」・・・自己批判 MR批判

「ああ、面倒だな、嫌だな、やりたくねーー」・・・怠慢思考 MRケンタ(倦怠)

「先々が不安だ」・・・不安思考 MRファン(不安)

「だって仕方ないじゃない」・・・言い訳思考 MR言い訳

「あの人 こうしてくれたいいのに」・・・他者批判思考 MR他者

「もう、頭にきた!!」・・・怒り思考 MR怒り

「なんであの人だけ。羨ましいな」・・・他者比較思考 MR比較

「どうせ死ぬから無駄」・・・虚無思考 MR虚無

「ああ、怖い」・・・恐怖思考 MR恐怖

「ミスは誰でもやる、かまへん」・・・自己弁護思考 MR弁護(弁解せずに反省しなさい!だよ。)

こんなものかな。だんだん増えてきた。(笑)

人間ってマイナス思考に偏ってできているっていうけど、ホントだ。我ながら種類も豊富。

笑ってしまう。

1日のうち、やってくる思考をことごとく意識を向けて、名前を付けろという。

こうすることで、思考から距離を取ることができる。

四六時中、思考を意識かぁ。できるかな?また忘れそうだけど。

早速、きたぞ、「いつも忘れてばっかりだ。阿保なの?」MR批判がやってきた。あららら。ホント抜け目ないんだから。

やればできる。落ち着きを取り戻した。

私は今日、失敗をやらかした。

そしてまだ、これからの見通しは立っていない。

やるべきことはやった。

後は相手に下駄を預け私はできることをするのみ。

ほんの数時間前は自己嫌悪で潰れそうだったけれど、こうして文章にすることで落ち着きを取り戻した。

思考や感情は絶えず、やってきては消えていく。風みたいなもの。

風が吹いているのに無視していたら、洗濯物を飛ばされる。

そして、そよ風もあれば台風もある。

風は風として感じればいい。風でもない私がそれと一体化しても「得る」ものはない。転ぶのがおちだ。

ちょっとだけわかった気がした。

人生の一撃を食らうことはこれからも必ずある。(嫌だけどね)

その時の対処方法を身に着けておくことは、とても大事だと私は感じている。

今日のことで改めて身に沁みた。

今日は、とある一撃から、文章を走らせてみた。

ノウハウを述べるつもりはないが、私が実施してみて気づきがあればまた書いてみたい。

私にとっては非常に大事なこと。

そういえば、最近でいうと一時停止違反で警察に捕まったことがある。(どんくさい!MR批判かな?)

その時も頭が白紙になった。人生の軽い一撃だ。頭が真っ白になって、車から田んぼを見つめたことを覚えている。あの時も今回のやり方は有効なのだろうか?多分、私はこんなことを考えていた。

「罰金払わないといけない・・・いくら何だろう?」

「え、あそこ一時停止だったの?知らないし・・」

「丁度、警察に出くわすなんて、アンラッキーだわ。」(嘆き)

「なんでこんな時間帯に走ってるんだよ、暇なの?」(怒り)

「私よりもっと凶悪犯がいるだろう、そっち捕まえたら?」(怒り)

・・・けっこう散々な思考っぷりだ。

MR不安がきたな。

MR後悔もやってきたぞ。

MR言い訳 やってるな。

MR他者も 複数人いるな。

そうかそうか、私は不安と怒り、そして他者批判の思考を感じているな。

そこで身体に意識を持ってきて、今していること、田んぼを見ることに集中する。

こんな感じかな?

あのタイミングでこれができるかはわからないけど。

人生の一撃、その対応はやればやった分、上手くなるという。

達人を目指してみるか?私よ。

ノートPCを持ち上げる手が、少し軽くなっていた。

負の思考スパイラルから抜け出す方法。私が実践する心の方向転換術

このブログでは、50代おひとり様の「お金・健康・心・暮らし」をテーマに書いている。ブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

その3日間の顛末はセミナーの日程を間違えた|人生の一撃からACTで立て直した3日間にまとめた。

伝える講座に参加してきた話はPREP法を習いに行ったら、自分のブログの弱点に気づいた話|伝える講座参加記にまとめた。

▶ 「人生の一撃から、立て直す」シリーズ一覧

▶ 次の話:セミナーの日程を間違えた|人生の一撃からACTで立て直した3日間

▶ MR図鑑(登場するMRたちの一覧)

▶ 第3話:いよいよセミナー本番|日程を間違えた私、どうなった?

人生の一撃のあとの株の暴落で、MR自責が出てきた話は、株が500万円になっても売れなかった。50代投資家、暴落でまた後悔する。

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