妹と姪が、海外旅行に行くと聞いた日|最初に思ったのは「私にはお誘いがなかったな」
ある日、妹と話していて、来週、海外に行ってくるからねと言う。母娘2名旅だ。最近よく2名で出かけている。仲良し親子だ。それは素晴らしいことだ。
しかし私としたことが一番に感じたのは、「私には声掛けがないのね?」ってことだった。
妹家族とは過去よく一緒に遊びに行ったのでそう思うのだろう。
「ま、家族ではないからね」と思ったのに|残った疎外感
「私はもちろん家族ではない」事実だ。(妹と姪の、母娘の家庭の一員ではない、という意味だ。)母親ではない。当然のことなんだけれどなんか寂しいなと感じたのも確かだ。これは何だ?
理由はいくつか思い浮かんだ。順番に考えてみた。
私は結婚していないし子供もいない。子供を持ったらどんな心境になるのか想像でしかわからない。それが残念というか「知ってみたかった」という思いがちょっぴりだけある。「実体験してみたかった」という経験しなかったことへの悔しさ。
これは認める。この思いから生じているのか?
子を持つ親の気持ちや感覚は経験してみないとわからないと思う。私が子供を持つことはない。だからわかることはないのである。それが寂しいのか?
いや、違う。妹(母親)と姪っ子の仲間に入れないのが寂しいのだろうか?まぁ家族でないからそこはそう感じても無駄でしょうよ。と始めの思考に戻っていく。
多分、家族ではない自分っていう立ち位置から感じる疎外感なんだと思う。妹と姪っ子は母娘で私は伯母。そして私には娘がいない。「そうだね。その通りだね。寂しいな。」そんな感じだ。
姪は、私の中ではめっちゃ可愛い子|だから余計に
私にとって姪っ子は初めてできた血縁の赤ちゃんだった。あのかわいさは忘れない。私にも母性があったんだと実感した経験だった。面白くてかわいくて。赤ちゃんの時の彼女の周りはそこに寝ているだけでベビーピンクに染まっているように見えたものだ。
血のつながった赤ちゃんってこんなにかわいいもんなんだぁ。今でも思い出してしみじみ思う。ほんとにピンク色に周りの空気が見えたもんね。びっくり。
だから余計に疎外感を感じたのかもしれない。
娘のいない私が可哀想と理性の私が感じているのか?
ちょっとはそうかも?
全面的に認める気はないけど、経験できなかった残念さはある。寂しいっていうより「子供を持つってどんな感じなんだろう?」っていう興味なのかもしれない。はたまた思う。私は私なりに生きてきたんだし、結婚してなくって良かったと思ったこともある。そもそも結婚したことがないので、結婚の良さも悪さもわからない。
このわからないことが可哀想といえば、そうなのだろうと思う。
同じ50代の作家の本を読んだ|「家族は大事。でも一人になりたい」が、わからなかった
最近読んだ本。村井理子さんの「はやく一人になりたい!」である。彼女の日常を綴った日記調のエッセイ集だ。犬のハリーのエッセイは非常に共感した。「わかる、わかる」「わたしもそうだった」って頷きながら読んだ。あまりにも分かりすぎて笑っちゃうくらい。それが双子の息子の話になると、私の共感はまったく薄っぺらになってしまう。我ながら分かりやすいな。わからないから共感ができないのだ。
経験は多いに越したことはないって思ってる私。結婚と子育ては経験ないんだよね。
その残念さが私の中に、陣取ってるんだ。
それをこの本で改めて感じた。
そして妹と姪っ子の旅行の話で、隙間風が吹いた私の心。
疎外感と経験できなかったっていう事実の存在を感じた。
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一人が好きなのに、なぜ寂しいのか|人は根っこで、つながりを求めるのかもしれない
私は正直、一人が好きだと思う。他人と比較はできないけれど、一人でいることが一番の贅沢だとも思っている。それでも時として寂しいなと感じることがある。
「一人が好き。でも孤独は嫌なのか?」50代おひとり様が考える人とのつながり【オキシトシン編】②
今回みたいに妹家族の中で疎外感を感じることがある。
これは仕方のないことっていうか、事実だから当然のことなんだよね。
だから、どうしたいってわけじゃない。妹たちに誘われていたら旅行に行くのかって言われたら「行かない」って答えたと思う。今月は忙しいし、行先に興味はない。彼女たちは美味しいものを食べて買い物したいみたいだから、そこも私とは全く違う。(私は食と買い物に関心が薄い)だから行かないことに変わりないんだけど、声をかけられなかったことが寂しいんだろうな。多分。
人間は基本的に団体でないと生きていけない基本設定になっていると思う。だから疎外感を持つし、一人だと「あかんのでは?」と時として感じてしまうのでは?と私は考えている。
そう、それはそれで良いのだ。人はこういう思いを持つことで他者との距離を縮めてきたし、共同生活して生き延びてきたのだ。
一人が好きなのに寂しい。疎外感は抱きたくない。そんな都合のいい考えを持っている私。贅沢な悩みだ。そして矛盾してるよ。でも、それで良いと考えている。
それをそのまま受け止めて、そのままの私で行こうと今はすっきり思えている。
はっとPCから目を外に向けると、昼下がりの黄金色の光が木々の間から差し込んでいた。
もう秋だ。
私もどこかに旅行に行こうかなと思う昼下がりだった。
「一人」と「つながり」の話:人はなぜ、そんなに群れたいのか?|『求めない練習』を読んで⑤
孤独が好きな人の話:AIは人生の答えを教えてくれない|『孤独に生きよ』を読んで考えたこと
妹が出てくる日記:自分のことは意外とわからない|はっとした私の体と私の口癖
こうした体験も、私の中では一本の線でつながっている。その繋がりについてはお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことに書いている。

