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13時30分、また「彼」がやってくる|50年来の宿敵との闘い方

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私には昔からの悩みがあった。かれこれ20代からずっとである。

いや、もの心ついた10代からあった悩みかもしれない。悩みの種の「彼」とはもう50年来の付き合いなのである。

そして今までは、そう意識することもなしに、彼を胡麻化して生きてきた気がしている。

「悩み」とも思わずに、みんなそうなんだろうくらいに思っていたともいえる。

でも、私は彼に気がついた。これは対処せねばならない問題だと意識したのだ。

何故気がついたのか。きっかけは本だったかもしれない。

確かな理由はわからない。

私は先日ショウペンハウワーの入門書ともいえる本「求めない練習」を読んだ。そして、正統派哲学はまさに「考える」人たちが積み上げた考えの足跡であることを実感した。

そこには抽象的で意識の奥底に埋まっている「苦」を取り出して考えられていた。よくぞこんな見えないものについて考えられたものだと思った。

で、気がついた。自分が感じる違和感には原因があり、それには対処すべきであるということに。

あんな根本的な苦を言語化して考えていたショウペンハウワーの感度の高さに感服した。それに対処しようとしていたショウペンハウワーを見習いたいと思ったのだ。

だったら、私がいつも感じている「彼」も掴んで対処するべきだろうと私は考えた。

私には「魔」の時間帯が存在する

あなたには苦手な時間帯はないだろうか?嫌いな時間帯ともいえる。私にはそれが明確にある。

私は子供のころに、その時間帯があること気がついた。その時のことはあんなに昔なのに、何故だか覚えている。

小学生低学年だったと思う。それは、13時30分あたりから16時くらいまでの間。

午後の時間帯でのことだった。

夏休み、私は遊びたいのに父も母も昼寝してて構ってくれない。兄弟も寝ていた。

私は非常に退屈してしまい、やることがなくグダグダしてしまい最後には、頭痛を覚えたのだった。

「何もすることがない。暇だ。・・・頭が痛くなってきた。あぁ、なんか嫌だな。」これが彼との初めての出会いだった。子供の時の私は、ウルトラ不機嫌になったのを覚えている。

その後はなんとなく過ごして忘れていた。

20代になって午後のこの時間帯が苦手であることに再び気がついた。

でも、そんなの昼食後だからみんなそうだ、眠気も原因だろう、仕方のないことだそう軽く思っていた。それで流していた。

そして今までずっと放置してきていた。誰にでもある、仕方のないことだってね。

ほぼ、無意識に・・・である。

でも、本を読んで考えを改めた。毎日毎日、勤務日以外は必ずやってくる彼。

(勤務日には睡魔に変身してやって来ているのかもしれないけど。(笑))

私は昨日あたりから明確に「彼」を意識し始めたのである。

彼は虚無感?無気力?空白の時間?

彼について説明しよう。

最近の状況はこんな感じである。彼は勤務日ではない日、1日家にいる(具体的に予定のない日)にはほぼ必ずやって来る。

(ことに気がついた。)

午前中は私の脳はフル回転している。それは家にいてもどこにいても同じだ。

家で仕事をしていたり、ブログを書いていたり、とにかく生産的に動いている。(と本人は思っている。

)

ここまではまことに気持ちよく過ごしているのがいつもの私。自宅でもよほどのことがない限りこのペースは維持できている。

その後、4時間以上も脳を使うと脳が休憩を求めてくる。それが昼食時間にうまくかみ合う。

「よっしゃ、一休みしよう。」ちょっとした達成感を感じながら私は気分よく昼食の準備をする。

そして私は昼食を取りながら、1時間30分の洋画(外国のサスペンスシリーズ)を見たりする。これが楽しくて日課になっている。

ここまでは順調なのである。・・・が、この後だ。

問題なのは。

13時30分から16時。大体この辺りのどこかで動画を見終わることになる。

午後の気怠い時間帯だ。

太陽は頂点よりやや下あたり。気温は一番高い。

おなかもいい感じに膨れている時間。

そこに「彼」は大手を振って、いつもやってくるのだ。

彼の名は、虚無感?無気力?頭が真っ白状態?よくわからないけどそんな名前だと思う。

(あなたは彼に会ったこと、ないだろうか?あるよね?私だけなのか??)

動画を見終わった途端に、頭が真っ白になるのだ。

「え、何?私は何をするの?これから?」そう一瞬考えるけど、それで終わり。何も思い浮かばない。

どうしよう。何もないよ・・・

あの空白から逃れようと、もう一話、サスペンスを見ようものなら見終わった後が最悪だ。空白どころか、真っ黒に重い気分で沈没だ。

「午後から何も出来なかった・・・時間を無駄に使ってしまった。もう1日終わったよ。がーん」

罪悪感である。これは非常に後味が悪い。

夕方の気持ちいい時間までも台無しになってしまう。(何十回と経験しているので、これは私にとって間違いない。

)

あの空白の無気力から逃れるために、昼寝に逃げたことも何十回とある。本当に「体が疲れている」なら功を奏するけれど、逃げからの昼寝は要注意だ。

目覚めたときすっきりしているのでサスペンスダブル(1時間30分のサスペンスを2本見ること。3時間以上必要になる)よりは傷は浅い。

しかし、罪悪感が湧いてくるのは同じだ。

「疲れてもいないのに、昼寝してしまった。すっきりできただけ良いけど、時間を無為に過ごしたことには変わりない」。責められるのはわかっている。

そして夕方の時間は台無しになる可能性が極めて高い。あかんやんけ。

私は昨日も彼に襲われてしまった。

また、これかぁ・・・来たぞ、来た。私は察知できたのである。

本を読んでいたせいかな。とにかく意識はできた。

私は踏ん張った。

「なんか大儀だな。今日はこのままで良いか?もう一話行っとく?」「動きたくないな」「昼寝か?」

かなり私の脳が動きたくないと連呼していた。ほっといたら言い訳を並べる始末。

いやいや、ちょっと待て。

それでもここで流されると、後で100倍返しが待っている。私は自分を宥めすかして荷物を用意し重い重い足を「えいや」と前に出した。

本当に「えいや!」って感じだった。そして、図書館に逃げ込んだのである。

場所を変えさえすれば、私は本を読むことは間違いなくできる人間だ。つまり、「彼」からおさらばできるわけである。

(これも何十回と経験しているので、私にとってはほぼ間違いない。)

予定よりはずいぶん遅くなったけど、図書館で本を読むことに成功した。図書館は他人もいる場所だから私の脳ははっきり覚醒するみたい。

喫茶店でも同じ効果はあるだろうな。

ちなみに、あの後ずっと家にいることもできることはできる。しかし、余程コンディションに注意しないとズルズル彼につかまる恐れがある。

自分の部屋は誘惑で溢れているから危険だ。環境を変えるのが一番安全だと私は思っている。

彼への具体的対処方法についての考察

とにかく彼はやってくる。そして、待ち構えていた今日もやっぱりやってきた。

しかし、今日は昨日「彼」を明確に意識したため、そして記事に書いてやろうと目論んでいたため「彼」はいつもより小さかった。

・・・そうか、意識して気をつけておけば、威力を抑えることができるのかも。これは今日だけかもしれないけど、気がついたことだ。

そしてさらに、今日は私も策を練っていた。

動画のエンディングが流れる。

「あぁ、お楽しみが終わってしまった。もう14時前かぁ・・・なんか寂しいなぁ」

そう確かに思った。多分、もっと動画を楽しみたい欲求があった。

しかし、それ以上考えないことにした。

そこで止めた。何を。

考えるのを!である。感じるレベルでストップさせた。

真っ白、やる気が出ない?虚無感?彼を意識して、何とかしなければ・・・あかん、やっぱり面倒だとなるから動けなくなると分析したのだ。

ここでは便宜上、「彼」と呼んでいるが、実際物体として存在するわけではない。私の頭の中にある虚無感であり空白だ。

その空白を恐れると、そこから思考が始まるんだよ。何とかしないとあかん・・これが運の尽き。

「あぁ、終わってしまった。。。残念。もうちょっと見たいなぁ」

そこで考えを止める。これは考えというより感情だと思う。

感情が湧くのは仕方ない。だって人間だもの。

でもそこで止める。止めること意識する。

後はいつものリュックをもって靴を履くだけである。図書館につきさえすれば、そこは公の場所。

私の脳ははっきり作動を始める。

昨日より今日のほうが上手くいった。楽に動けた気がしたのである。

さらに動きやすくするために

これは今思いついたことなので、まだ実験できていないが新たな対策をひらめいた。

動画を見始める段階で、終わった後のスケジュールを考えておくというやり方だ。

今日は、「彼」について記事にしようと目論んだ。すると彼は小さかった。

これの応用である。

森さんも言っていた。夢にはスケジュール化が大事で今日は何をするのかを細かく落とし込むんだって。

ちょっとやそっとのことではこのスケジュールは壊さない設計にしておくんだって。

これだ。動画の後は「〇〇について記事にする」「〇〇を読み終える」これを決めておくことだ。

ブログの記事は予定にはしにくい。書きたいことはいつ出てくるかわからないからだ。

だからブログでは駄目だ。

それよりも、やはり本が良いと思う。私にとって読みたい本はだいたい山積み状態だからである。

(難しい本じゃなく楽しみになる本が良いのはもちろんである。難しい本だと脳が嫌がる可能性がある。

ハードルが上がって彼に負けてしまう。)

本のほかにも、予定化できる楽しみがあればベストだ。これを見つけていくことが大事だなぁと改めて思った。

さらに、部屋から出て環境を変えることが彼にはめちゃ有効なことは確かだ。

それならば、部屋から出やすくすれば良いわけだ。外出しやすくすれば良い。

動画の前に、図書館に行くリュックの用意をしておくのだ。

ノートPCとスマホ、読みかけの本、ノート、筆記用具、飲み物。フルセット用意して玄関に置いておく作戦だ。

・・・これは効果がありそう。だって図書館に行かないと、リュックの中身をまた元あった場所に返さないといけなくなるから。

極力、楽をしたい脳は、これを嫌う。意味のない行動は大嫌いのはずだ。

よし、これは打ってつけの作戦だ。

良いことを思いついた。これは、また自分で明日以降実験してみようと思う。

私なりの時間との付き合い方

今回は私の天敵ともいえる「魔の時間に現れる彼」について書いてみた。こんなことを真剣に考えている私はちょっと変わってる?そう思う人もいるかもしれない。

私自身、今日まで意識したことはなかったからね。それくらい当たり前のことかと思っていた。

しかし、よくよく考えてみると、私にとっては毎日を気分よく過ごすことは何よりも大事なことだ。

だったら、いつも不快になる状況には対応せねば・・・至ってまっとうな考えだと思うが如何だろうか?

私の脳が生み出す「彼」には、今思えばほんとに手を焼いてきた。何十年も何回も何回も出会って負けてきた。

・・・彼はもしかしたら「倦怠」の一種なのかな?とも思えるな。ショウペンハウワーが言った「苦悩」と「倦怠」の「倦怠」である。

似ているかもしれない。亜種?かもしれない。

話は大きく変わるが、FIREした人(経済的独立を果たし、仕事を辞めて毎日自由にしている人)が数年もたたないうちに、退屈に疲れてまた仕事を始めると聞いたことがある。ずっとFIREし続けるのもひとつの才能だという。

・・・彼との付き合い方が成功すれば、退屈・倦怠ともうまく付き合えそうなのは気のせいだろうか?

私は私のことしかわからない。他者の話を聞いてみたい。

こんな話、誰としようか?よかったらあなたの意見を聞かせてほしい。

私は親友の顔を数人、思い浮かべていた。

ショウペンハウワーはなぜ「人生は苦しい」と考えたのか?①

欲望には際限がない?②

私の「夢」は何だろう?|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで①

足が限界なので、喫茶店で2時間半ブログを書いた|尾道浪漫珈琲⑤

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