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生きることは「趣味」だった|森博嗣『静かに生きて考える』を読んで

50代になって、新しい扉が開いた話
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2024年1月に発売された森さんのエッセイ集。
先日読んだ「日常のフローチャート」の前作だと思われる。
森さんのエッセイの後にモノクロのワンちゃんの写真や自然の写真がある。同じ形式だ。

森さんはほぼ隠居らしく、このエッセイくらいしか書いてないのでは?と感じている。
その悠々自適な暮らしぶりに憧れを隠せない私がいる。

さて、内容である。
今回も何やら気付きの多い予感がする。楽しみだ。

「生きていることが無駄」?!それってどういうこと?!

著者は生きていること自体が、無駄で贅沢な状況といえるという。
そうなのか?
生きることが無駄といっても生きる意味がないという意味ではないようだ。

生きることも、9割が自分一人が楽しめればそれで良いという気持ち。生きていればそこそこ嬉しいこと、楽しいことがある。その9割は、いわば無駄であり、贅沢ではないだろうか?

ただ、無駄で贅沢なだけだと後ろめたいので、綺麗な言葉で生きることを語ろうとするという。
私たちは自分の個人的な喜びのために生きている、その個人的な喜びの大半は無駄なことであり贅沢なことだと言っているのだ。無駄っていうのはあってもなくてもどっちでもいい、他者にとっては意味のないことくらいの意味か?あってもなくても良いことを楽しんでいるのだから贅沢といえる。
そんな意味なのだろう。

著者ははっきりとは語っていない。だから一言無駄といっても結構どう考えていいのか難しいな。正直そう思った。

私の人生も無駄だった?!衝撃の事実

でも、私は自分が生きていることが、無駄であり贅沢だと思ったことがないことに気づいた。
「生まれてきた以上、一角の者にならなければ・・」と鼓舞して真面目に生きてきた。
で、何者にもなれない自分を見て落ち込んだ。

→何者にもなれない自分に落ち込んだ話は失敗は勲章だった|『覚悟の磨き方』で変わった私の考え方にも書いた

これは確かにそうなんだけど、そもそも一角の者になりたいのは、自分が生きていることが無駄と思いたくないからともいえる。ということは直感的にそもそも「無駄」であることを知っていたともいえそうだ。私は自分の人生を無駄だと知っていたのだろうか?
それなら、大半の人の人生ももれなく無駄といえそうだ。

さらに考えてみると、「一角の者になりたい」その願望の後ろには、そうなってみんなに認められて楽に生きていきたい、お金を得て自由に好き勝手して生きていきたい」という目的もある気がする。

そう考えると確かに生きることは無駄がほとんどかもしれない。そして生きることの目的の90%が無駄で贅沢なことを指向しているものなのかもしれない。
確かに私や彼、彼女が個人的にうれしい楽しいことは大半が無駄といえると思う。一人ひとりが楽しめることを趣味という。だから趣味とは無駄でぜいたくなものになるんだ。

新しい気付き 生きることは趣味だった。

人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものだから、辻褄が合っている。

という。
そうか・・・生きること自体が趣味なのかもしれない。私もあなたも。
生きていることが趣味なんだ、この言葉は肩の力を抜いてくれる。
そんな風に考えたことがなかった。

そもそも無駄で贅沢なことなんだから、そこに頑張って意味を見つける必要ないんじゃない?
そう言われた気がした。

私は真面目すぎるのかもしれんな。自分では結構いい加減で適当にしてると自らに評価を下しているが、考える方向が真面目なんだわ、きっと。やれやれ。
もっと肩の力を抜いて深呼吸して、「趣味」と割り切って残りの人生生きてみたい。
森さんの指摘を受けてそう思っている私がいた。

→力を抜いて過去を受け入れた話は私は21年怒っていた|でも今は少し感謝しているにも書いた

【このシリーズ全8話:静かに生きて考える】
生きることは「趣味」だった|森博嗣『静かに生きて考える』を読んで(今読んでいます)
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「そんなふうに死にたい」森博嗣『静かに生きて考える』から考えた、私の理想の死に方
人生は「どうでも良いこと」でできている。森博嗣『静かに生きて考える』を読んで
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こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

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