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50代になって気づいた「時間」の価値。森博嗣『静かに生きて考える』を読んで

50代になって、新しい扉が開いた話
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よく「時間は大事」と言われる。

そして「お金は大事」とも言われる。

時間とお金。この2つがかけがえのない宝物だということは、50代のあなたはご存知だろう。

私も50年生きてきて、特に時間の大事さが身に沁みてきている。

人生の半分を消費したせいかもしれない。(自分で浪費と書いて心が痛いよ、まったく)

今回の記事では、この2つについて森さんの指摘をもとに考えたことを書いてみたい。

お金と時間 この2つの力の特性

お金と時間どっちも大事なのは先に書いた。この2つの関係について考えてみたい。

世の中、高齢者はお金を持っていても時間がない。

若者はお金はないけど時間はたっぷりある。

それぞれ多く持っている人が傾向として違う。

お金は貯めることができるけど、時間は貯めることはできない。

でもお金で他人の時間を買うことはできるし、自分の時間を差し出してお金に換えることもできる。

お金と時間は一定数、変換が可能だ。

私個人としては、お金は物質として目で見て手で触って認識できるのでわかりやすいと思う。

時間は感覚としてはわかるけれど、物としては捉えにくい。

だから、時間を無駄遣いするのかもしれない。

捉えにくい。

お金は使ってみてその便利さを実感できるが、時間は気が付けば音もなく、全員平等に確実に減っているものって感じがする。

この2つは大事なものであるってことに異論はないが、特性が違う。

全然違う お金と時間 でも実は共通項がある

お金と時間は「根本的な違いはあるにせよ、大まかに見れば、ほぼ両者は同様の価値を有していて、別の表現で『エネルギィ』と読んでも良さそうだ。生きている間は、誰もが自分のエネルギィを持っている。その総量が『自由』を支えている」

これは意識していなかった。というか気が付かなかった。

それと同時にちょっと驚いたのである。

まったく異なるお金と時間。この2つともが人間にとってはエネルギィであるという。

そして私という個人の自由を私のお金と私の時間が支えているという構図。

これが森さんの指摘だ。

確かにそうだと思う。

ならば、エネルギィは大きいほうが良いに決まっている。

私は私のお金と私の時間の分だけ「大きな自由」を持っている。

社会的に見れば、

高齢者はお金のエネルギィが大きい。

若者は時間のエネルギィが大きい。

だからそれぞれが、それぞれなりに自由だといえるわけだ。

お金×時間=エネルギィの総量=その人間の自由

お金と時間を同じものに変換し、その総量で自由を測る。

なんとなく感覚としてぼんやり捉えていたことを言語化してもらった気分だ。頭の中に線が一本引かれた感じ。うん、気持ちいいな。

人はお金と時間を望む。でも時間にはリミットがある。

両方価値あるエネルギィであることはわかった。

日本ではお金の価値は率先して求められるが、時間の価値はおろそかにされがちだと思うが如何だろうか?

「時間はかかってもいい」「できないなら残ってやれ」・・・?

どっかで聞いたようなセリフ。

時間外労働が横行し、その時間に対して賃金を払わない未払い賃金問題。

この類の問題が横行するのも時間の価値が社会的に薄いからなのではないかとちょっと思ったのだ。

私がいたブラック零細企業なんてその最たるものだった。

この思考回路は古いし、50代の我々は断固反対すべきだと思う。

なぜなら大事なのは「時間」なのだから。

「時間はいつなくなるのかがはっきりしていない。お金は残高が明確だが、時間にはそのようなカウンタがない。」

そうなのだ、その通りだ。私たちの時間はいつ終わるのかがわからない、ある日突然短くなる可能性もある、そんな不安定なものなのだ。(怖!)

50代ならわかるはず。時間は戻ってこない。

「あの時やっとけばよかった」このセリフは高齢者だけでなく50代でも言うことが多いと思う。

過ぎた時を悔やむ言葉だ。

これは「このように生きてやる」という自由を、敢えて自分が選んだという意識が薄いから悔やむんだと思う。

時間は私の自由を支えているわけだから、どう使おうとそれこそ自由だ。

後から「しまった」と悔やむのは、その時間に対する覚悟が足りていないということだろう。

若いときはとかく無意識に時間を使ってしまう。

私も随分時間を浪費したとふと振り返ることがある。

何も考えていなかった。それが若さってことかもしれないけどね。

時間が生み出すものに着目せよ

50代、時間がたっぷりあるとも言えない。かといってめっちゃ少ないとも言えない年代だ。

この50代にとって、これからの時間はことさら重要度を増してくると私は思っている。

だから時間の使い方が大事だ。

その時間の使い方を考えるうえで、知っておきたいことを紹介したい。

それは時間の生み出すモノについてであり、その有用性についてだ。

「時間から生産できるものは、主に2つある。一つは前述のように『お金』だ。この変換を『仕事』と呼ぶ。もう一つは『能力』である。この変換はたいてい『勉強』と言われている。」

生み出されたお金と能力はそれぞれが別の価値を生み出す源になる。時間からお金と能力が紡ぎ出されるという事実。お金は「時給」というくらいだからわかりやすい。が、「能力」、これが鋭い指摘だ。

確かに能力を身に着けるには時間は必須だ。

「あなたにとってどんなものが自由なの?」

この問いに答えを出したいと思う。

私にとっての自由が決まれば、それを支えているエネルギィであるお金と時間をどう生かせばいいかわかるからである。

50代いや全世代の人にとってこれは重大問題だ。

森さんは特に若い人に向かって「すべては、各自が持っている時間という資産から生じるものだから、できるだけ無駄遣いをしないように、若いうちはお金を貯めるか、能力を貯めるか、という選択になるだろう」と言っている。

「とりあえずは、いろいろチャレンジして、いろいろなものを見て。そしてなによりも自分をよく観察して、何をしたいのか、何ができるのか、と考えることが」重要であるとのお話だ。

若いときはこういうことって時間がふんだんにあるがゆえに考えないからな・・・考えたほうが良いのにと50代の私は思うわけである。(もちろん20代の私は考えてもいなかったけど。(笑))

時間の使い方をちょっと分析してみた

私はここまで読んでみて、自分の時間の使い方を見てみた。

・・・私はこうして自分の考えをブログに書いている。

これは何を生産しているんだ?私。

誰も読まないからこの時間はお金には返還される余地がない。じゃ、能力はどうだろう?文書力が上がっている?人生についての思考力がアップしている?

それってどうなのよ?そんな能力あるんかい??

能力にも返還されてない気がするのは気のせいだろうか?

それでも、能力は多少でも上がっていると思いたい。ブログのおかげでAIとのお付き合いは深まった。文章能力はわからないが、この部分だけでも上達といえるな。

それと自分であれこれ考えいるのも確か。思考すればそれだけ自由が広がる。新しい考えの種が蒔かれるから。そういう意味では、「自由」に貢献しているかもしれない。

(もしそうなら嬉しい限りだ。)

私のこのブログについては効果が見えにくく苦笑せざるを得ないが、この方向で時間の使い方を考えるのも面白いと思った。

このブログの時間で私は何を生産している?聞いてみる。お金は得ていない、文章の能力も? お金と能力は生産していないんじゃないか、それ以外では、思考とAI利用は進んでると答えが返ってきた。(なかなかに辛口だ、私) ならばブログは自分が自由意思で選んだことなのか?と検証してみたい。これは間違いなくイエス!だ。

最も大事な「自分の時間」を忘れるな!

私たちは時間というものを意識するのが苦手だ。

ともすると浪費してしまう。

浪費が自由満喫!って意識してるならまだしも、なんとなくいつも「ぼーーっ」としてるでは勿体ない。

時間はお金と能力を生産するエネルギィだ。

しかも自由さえも実現してくれる。

今回、改めて「自分の時間」の大事さを痛感した私である。

こりゃ、もたもたしてられないぞ。

これからの時間で「お金」「能力」そこから「自由」をそれこそ私が自由自在に生み出していこうと思うのである。ブログで思考能力鍛えることに時間を使って自由を得ていくことも続けていく。

あなたは何を生み出したい?

時間はいつが終わりかわからないけど、リミットは絶対にある。

これを意識することが、時間の密度をあげることかもしれないなと最後に思った次第である。

この本が気になる方はこちらから。


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