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大人も「子供のように」なれる|森博嗣『静かに生きて考える』が教えてくれた「馬鹿になれ」

50代になって、新しい扉が開いた話
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森博嗣氏の本には、「私も昔から知りたかった問い」への著者自身の答えが載っていることがある。
私と森さんが謎に感じる部分が同じってことなのか、どうなのかわからないけど、これは私にとってはラッキー以外の何物でもない。
知りたかった問いは自分ではわからないことが多いから。

今回もそれがあった。あなたが謎に思っているかどうかはわからないけど、もし謎に感じていたなら読み進めてほしい。森さんと私の答えがこの記事にはある。

子供時代、見るものすべてが輝いていたのは何故?

これは私が最近よく感じることだ。
この感覚は50を過ぎても間違いなくあったことを覚えている。
なんで意味もなくあんなにワクワクしていたんだろう。なんであんなにすべてが楽しかったのだろう?子供のころの自分を思い出して私は強烈にあの感覚が「羨ましく」なるのである。

森さんの問い「子供が楽しそうなのは何故か?」
子供は楽しそうに遊んでいるが、単に遊んでいるわけではなく、あれは学んでいるという。そして子供の子供たるゆえんはあの強烈な「好奇心」だ。子供は何も知らないがゆえに「無知」であるがゆえに、なんでも知りたがる。(まさにワンダフルだ!)
あのままでいれたら、幸せな大人だらけなのにと私は思う。
しかし現実は違った。大人になると好奇心がなくなっていく。あんなに楽しい好奇心が消えていく。
何で??

知ってはいけないことを知った大人たち

大人は何故好奇心をなくしたのか?
いっぱい勉強してあらゆることを知ってしまったから?無知ではなくなったから?
ま、多少は人生経験もあるから「知った」ということは言えるかもしれない。
・・・でも私、大概忘れてるんですけど・・・その知識とやらを。

たくさん知ったから楽しくなれないのではない。これは断言できる。そうではなくて「どうせ知っても大して面白くないことを知ったからだ」

あららら。。。知ったのは知ったけどそれは知識ではなくて、なんと「知っても楽しくないこと」を知ってしまったという。
私はそんなこと知りたくなかったよ!と叫びたい。でも確かに学校の授業は楽しくなく、高校の微分積分、代数などまったく理解できなかった。理解できない、難しい、実社会で困らない、意味がないなどマイナス部分を知ってしまった。
楽しくない、面白くない、役に立たない・・・なら知る意味もない。当然そうなる。

好奇心、この宝物をなくした大人たち

好奇心は知りたいだけではない、やりたいという気持ちも生んでくれる。だから子供は多少危険でもやりたがる。知りたい、知るためにはやってみるしかない。そう考えているのだろう。
ところがだんだん成長するにつれ、自分に向かないもの、興味がないものを捨てていくようになり、最後には「やりたい」思い「知りたい」意欲もなくなって好奇心が消えていく。
好奇心であふれていた子供も大人になって好奇心がなくなる。
なんちゅうこっちゃ!

森さんの指摘によると、現代社会は「社会」であるがゆえに分業化が進んでいるから、それで回っているという。やりたいこともわからないことも社会の中の他のだれかがやってくれる。自分は自分のノルマをクリアしておくだけ良い。
子供はこの社会人のルールを知らない。だから自分でやろうと手を出すのだ。「大人になるとその手はもうどこへも向かわず、ポケットに入れたままになる」という。大人になるってナマケモノになるって部分があるみたいだ。

「なんだか、少し寂しい気持ちにならないだろうか?」と問いかける著者。
私は「寂しいどころか、最近、子供の時のあのワクワクを取り戻したいと考えているんですけど・・・」と独り言を言っていた。

大人も「子供のように」なれる!キーワードは「馬鹿になれ」

私の望み。「子供のころのワクワクを取り戻したい」
森さんに言わせれば、なんとそれは可能だという。
「ええ!!それは本当ですか?!」本を鷲掴みしている私がいた。

大人になっても、「子供のように」と形容されるような楽しさを味わうことは可能である。それに必要なのは、無知と未体験であり、それはつまり「馬鹿」な状態だと言える

なんと馬鹿になれという。
馬鹿は悪くない、むしろ良いらしい。
馬鹿になれとは、知識や経験を外して、白紙にして考えよということらしい。

歳をとっても、自分の知識に立脚せず、自分の経験を活用しないような思考を心がけることがよろしい。稚拙であれ、未熟であれ、幼稚であれ、ということ。

・・・あの、もっと具体的に教えてほしいのだけど。
私はそうお願いしたいけれど、これ以上具体的には書かれていなかった。
自分で考えよってことだろう。

やったことがないことを白紙で挑戦せよ!

「無知と未体験」これがポイントだと私は考えた。
知らないことを白紙の状態でチャレンジしてみろ。
できるだけ過去の体験を考えず、直感でやってみろ。
そういうことじゃないかと思っている。

→「無知でいることが発想を生む」という話は「発想できない私に『遊べ』と教えてくれた」にも書いた

やったことがないことを挑戦せよ。
これだ。
やっているうちに昔取った杵柄がでてきても仕方ない。やらないよりやったほうが良いだろう。

さぁて、私は何を挑戦しようか。
私はあの抑えることができないほどのあの、ワクワクをもう一度体験したい。
そのためには努力を惜しむな、私。

子供の頃はあの気持ちが永遠に続くものと思っていた。ずっと世界はキラキラしているものと思っていた。
でも気が付けばワクワクの気持ちもキラキラの世界も無くなって2度と感じなくなっていた。

もしうまくいったら、また報告したい。
子供のころのあの気持ち、だれにでもあったはずだ。そして大人がそれを取り戻したら、その人にとって何よりの僥倖になると思うが如何だろうか?

【このシリーズ全8話:静かに生きて考える】
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「そんなふうに死にたい」森博嗣『静かに生きて考える』から考えた、私の理想の死に方
人生は「どうでも良いこと」でできている。森博嗣『静かに生きて考える』を読んで
理想の生活とは?森博嗣を読んで「自分が本当にしたい暮らし」を考えた

こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

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