大好き森さんの本。
今回は、なんとお金の増やし方ではなく減らし方。これは面白そうだ。
お金の使い方の話をしているのだが、そもそも「価値」をどう見極めるのか、という点が、お金を使うためのキーポイントになることは、おそらく大勢の方に理解してもらえるはずだ。(中略)ということは、ものを買う、つまりお金を減らすことは、自分が得をするための行為だ、ということになる。
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お金の減らし方(Amazon)
なんと!!確かにそうなる。買い物をしてお金が減った。5000円のバッグを買った。そのバッグが5000円払う価値以上あるから買ったということになる。自分の中では、お金が減った=自分が得をしたってことか。これは逆転の発想だった。面白い!
値段が価値と思っていると、高価なものが価値がある。高価なものを持っていれば周りから尊敬される、そんな勘違いが生まれてくる。これは病気だと警鐘を鳴らす著者。
私は外車は欲しくないが、「外車に乗っているとお金持ち」っていう目では見ているかもしれないなと考えてみた。外車=高価=価値がある? 違うな。外車を買うほど余裕がある生活が良いなと私は思っているみたいだ。これもかなり短絡的で、外車に乗っている=生活に余裕があるとは言えないのだけれど・・・(外車などの物はクレジット、ローンで購入できるからね)
ものの価値は自身の欲求の大きさによって決定するのだ、との認識が基本になる。
一番大事なのは私の欲求の度合ってことだ。私の欲求によってそのものの価値が決まる。はき違えてはいけないのは、「私の」欲求という部分。他者ではない。私の欲求だ。私にとって外車は、欲求がないところを見ると価値がないってことだ。
外車に1000万出すなら、私は迷わず世界1周旅行に行く。(笑)
そういうこと。
コミュニケーションで他者に縛られ自分が迷子の時代
問題は、自分がどう感じているのか、自分は何をしたいのか、という基本的なことが今の情報社会では見えにくくなっている、という点である。
周囲のコミュニケーションに縛られて、自分がしたいことが分からなくなって、みんながしたいことを自分もしたいと勘違いしてしまう。
先の例でいうと、周りの友人、近所の住民がみんな外車に乗っていると、自分だけ軽自動車では価値がないと勘違いしてしまう恐れのことを言っているのだろう。軽自動車が一番生活にマッチしているのなら軽自動車が価値があるのに誤解して不要な外車を買ってしまう。それは悲劇でしょ?って言いたいんだと思う。
著者は「少しは自分の頭を使って、自分の価値観を見直し、自分の人生の先行きを想像してみてはいかがだろうか、」と提案している。
こういう主張が私には響く。
お金に価値があるのではない。目的に価値があるのだ。
お金それ自体に価値はない、これは真実を言い当ててる。
しかし未来に備えも必要だ。そこで思い出すのが「死ぬとき一番お金持ち」っていう話だ。
死ぬときが一番お金持ちになる人が多いという。そして私自身もそうなる可能性を秘めている。(死ぬときが一番お金持ちになりそうな私の話) 未来は未定だから、まさかのことに用意しておく必要はある。これ、やりすぎると「死ぬとき金持ち」人間の出来上がりだ。
お金は目的ではない。お金を得ることが目的であるわけではない。目的を達成するための手段としてお金があるのである。これは、お金に価値があるのではなく、目的に価値があるという意味である。多額のお金を持っていても、何もよいことはない。そのお金を、自分が欲しいもの、やりたいことと交換しなければ、価値は生まれない。お金を失うことで、価値が得られるのだ。
わたしをふくめ蓄財に熱心な皆さん。これは心にとめておきたい名文だと思うのだがいかがだろうか?
お金そのものは単なる印刷物である。
それは自分がこれをしたら素晴らしい、これを手に入れたら役に立つ、楽しいってものに交換して初めて価値があるのだ。
頭ではわかっているんだけど、私の場合投資で成功するのが楽しいってなってるから注意が必要だ。ドーパミンに支配されているのかもしれない。「もっともっと病」だ。
(ドーパミン的幸福は別の記事で書いた)
お金を失うことで、価値を得る。
大事なことなのでもう一度ここに書いておく。
私は何にお金を失いたいんだろうか?
外車ではない、洋服でもない、物品ではない気がする。
しいて言えば私が暮らしやすい家が欲しい、物品ではこれくらいかな。
なぜ、暮らしやすい家が欲しいのだろう?
ずっと古い日本式家屋で暮らしてきた。だから憧れが強いのだと思う。小さい平屋が希望である。機能的で美しい家。どこに何があるかすぐわかる家。頑丈で省エネ、お財布と環境にやさしい家。具体的には玄関を入ったらすぐ台所があって買ったものをすぐ収納出来てゴミ出しが楽な造りがいい。仕事部屋と来客用の部屋も欲しい。寝室を入れると3LDKってことかな・・・家のことを考えると楽しさが止まらない。
後はなんだろう?
それは物ではない。
健康、知的興味を満たすもの、やってて面白いものそういうもので「お金を失いたい」。
健康は、健康診断はもちろんのこと、外で運動しやすいシューズや家で気軽にできる筋力強化マシーン、ヨガ用品が思い浮かぶ。
知的興味は、本、旅行、美術館・博物館、外食などはもちろんのこと、ピアノを弾く、絵を描く、料理を作るなどの経験も含まれてきそう。考えていたらきりがない。新しいことはすべて含まれる。・・・興味の範囲全部だ。
これは、楽しいことになりそうだ。
そしてお金を失うことは私の周りに溢れている。私の周辺には価値変換を待ってるもの山のようにある!うん、これは嬉しいぞ!
株を買ってお金を失うことは、大好きなんだけど。これは失うとは言わないな。(笑)
あなたも是非考えてみてほしい。
「あなたは何でお金を失いたいですか??」
お金の話は、結局のところ「どう生きたいか」という話につながっている。このブログ全体の視点についてはお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことに書いている。
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【このシリーズ全3話:お金の減らし方】
①森博嗣『お金の減らし方』を読んで|私は何にお金を使いたいのだろう(今読んでいます)
②『欲しいものがない』が一番つらい|50代、何にお金を使えばいいのか
③『私は私の望んだとおりの者になっている』|森博嗣の言葉から自分の人生を振り返る

