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「諦める」は、逃げることじゃない|森博嗣『諦めの価値』を読んで①

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成功とは諦めでできている。そう言われて、ちょっと面食らった。いや、やり遂げてこその成功でしょう?って。でもそこにこそ、森さんの新しい視点があった。

成功とは諦めでできてる?!

成功とは諦めでできている、そう言われてちょっと面食らう私がいる。

いや、やり遂げてこその成功でしょう?!って。

途中で諦めたら何も残らないよってね。

でもそこが森さんの着眼点の面白さだ。彼のその新しい視点が私は大好きだ。

以下は彼の意見の概略である。

何かを成し遂げた人は、たいてい「諦めずに頑張った」と語るけど、実は目的を達成するために多くのものを諦めているという。

アプローチ方法も何度も変更しているはず。

何かに集中するために、ほかの物を犠牲にしなければならないことも多い。

そもそも人間は生まれながらにして格差を背負っている。成功するかどうかはその人の能力、才能によることが多い。自分の才能を知って早めに諦めることが肝要だという。

それさえ間違わなければ大きい失敗はない、つまり早めに「諦めること」ができる。これは成功には大事だと思う。

そしてもう一つ、「運」。もっと確実に表現すると確率の問題。就職するなら斜陽産業より時代に乗ってる産業を選ぶほうが給与の伸びが良い。

これも成功するには大事だ。ここを間違うと私のようにブラック企業なんかに就職して時間を浪費することになる。

自分にとって何が有益で、何が無駄か、と考えること。この客観的評価だけが、あなたを正しい「諦め」へ導き、あなたにとって最大限の成功をもたらすだろう。再度、念のため書くが、この場合の「成功」とは、周囲からの評価ではない。あなた自身の満足である。

私は若いころ、自分にとっての無駄と有益を真剣に考えていなかった。適当にしてたらうまくいくだろう、くらいに甘く考えていたような気がする。

「私自身の満足」を蔑ろにしていた。一番大事なものを一番最後にしていた。

これは後悔ではなく、気付きである。

自由の定義 自分が思い描く夢に向かって、少しずつ近づいていく行為、つまり、自分がやりたいことを実現する過程や状況を、僕は「自由」と定義している。自由とは、自分が思った通りに行動できる状態のことだ。

という。

「夢=人生の目的」が存在することが最も大事な第一条件であって、それがあれば、そこへ向かってアプローチする行為が、つまり「自由」となる。またそれは同時に「幸せ」でもあるだろう。たとえ、道半ばにして人生の終焉が訪れたとしても、その人は自由に生き、幸福だったということになる。夢が実現するかどうかは、大きな問題ではない。

そこへ向かう過程に価値がある

ということだ。

なんと! 大事なことは何をやりたいかってことだ。これが人生の一丁目一番地だ。

何をやりたいんだろう。何を目的にしている?

それに向かって歩いているか?

立ち止まってないか?

目標に対するワクワクをなくしてないか?

これらが自分にする重要な問いになるのではないか?

ブログは何のために書いているの?

私自身のことを考えてみよう。

まず、長時間割いているブログは何のため?

誰も読まないブログを残してるのは何故だ?

自己満足もあるだろう。でもほかにも思いがある。

一番に、私が人生をよく生きるために私が実行したこと考えたことを残したいという思い。

何故?。自分の存在をネットに残したい。生きた証拠みたいなものを残したい??のかも。

それに私が悩むことは多分みんな悩んでいる。考えている。これはかなりの確信がある。

だから私の実行歴を残すことで誰かの役に立ちたいのだと思う。

あとはブログは楽しい。

書くことが楽しい。つまり趣味の領域だ。

誰も読んでないけど、それでも新しい記事が一人に読んでもらえると嬉しい。自己満足できる。

(グーグルは優秀だ。ちゃんとどの記事が読んでもらえたか教えてくれる。)

まだある。社労士としての仕事以外で稼ぎたい。これも大きい。

実益的な部分、損得で考えれば私が時間を割く理由は、これを目標としているからだ。

正直、人を相手の仕事は楽しいけれどエネルギーを使う。自分一人で完結する仕事が楽だし楽しい。何より時間を選ばないので自由だ。多分、人に時間を縛られるのが嫌なのかもしれない。

人としての基本が理解しあえる人、私もあなたもお互い好きの相思相愛の人との会話は最高だけど仕事はそうもいかない。煩わしい関係が期せずして発生したりする。

もう面倒でやってられないってなりがち。

最近は我慢ができにくくなった。我儘というか自由にしたいという考えが強くなったそんな私がいる。ちょっと我儘になったのかもしれない。

森さんは夢は必ずかなうという。

自分の時間と労力を消費して、その目的に向かってなにがしかの行動を起こす。しかもそれを継続する。そうすれば、必ず夢は叶う。少なくとも目的に近くことができる。

そう、森さんは夢(人生の目的)に向かう過程を自由であり幸せと言った。その過程を行動してすすむことが幸せなのである。

諦めるという動詞は、このような夢に向かう行動を断念することなのだ。という。

ブログを続けている限り、私は目的に向かう過程にあり、森さん流に言えば幸せだと言えそうだ。よぉし。

諦めるということ、何を諦めるのか?

何を諦めるのか?

諦めることは大きく分けて2つあるという。

一つは「目的」を諦めることである。私がブログで大成功することが目的だとすれば、ブログをやめるということが目的を諦めることだろう。

二つ目は、目的へ向かう「方法」を諦めること。むむむ。社労士の仕事以外で日常生活ができるようになることが目的なら、ブログを書き続けるという方法をやめてしまうと諦めたことになるのかな。でも別の方法で稼ぎ始めると目的は諦めてないことになりそうだ。

私の本当の目的はなんだ?

ブログ自体なのか、仕事以外で生活できるお金を稼ぐことが目的なのか?

自分のことながらわからない。

もうちょっと考えてみよう。

ブログを始めたきっかけ。

それは社労士業よりもほかの稼ぎ頭を見つけたかったから。これはある。

で、書いているうちに楽しくなってきた。

稼ぎ頭の気配は全くない。

でも何も諦めてはいない。

それは「社労士外の稼ぎ頭を見つけたい」ことも「ブログを続けること」も両方だ。

自由の中では「計画」が必須。試行錯誤も諦めること

そして夢を実現する自由の中で必要なのが「計画」だという。

実際に行動する段階になって大事なことだ。

計画に重要なことは、何を捨てるのか、何を諦めるのかという判断である。そしてその計画も、常に修正を続けることが必要だという。計画を修正すること自体も「諦める」ことになるんだと思う。

「何を諦めようか?」と考えるだけでも、事態は改善する可能性がある。それは「諦める」からではなく、「考える」からだ。人間の最大の武器は「考える」能力である。諦めるためには、考えなければならない。

森さんは諦めることを勧める。

そして拘るのか、それとも諦めるのか。

いつも大事なことは、自身のコントロールである。自分が置かれている状況を的確に判断し、自分の感情を抑えて、合理的で有利な方向へ自身を導くコントロールだ。

拘って時間を使うことが良いのか、諦めて別の道を進むのが良いのか。

自分にとって有利なのはどっちだ?

それを判断して自分をそっちの方向にコントロールすることである。

私は考えることができているだろうか?

諦めることができているだろうか?

私は自分をコントロールできているだろうか?

私は諦めが悪い人間だった。7回も社会保険労務士試験を受験した。これは前にも書いた。いつも1点で落ちていたので、続ければ合格するかもしれないと手ごたえがあったからだけど。あの試験に合格したことで私は、「がちがちのサラリーマンを諦めることができた」といえる。

時間はかかったものの良い諦めだったのではないか?と思っている。

実際には何度か受験を諦めようと思ったのも事実だけど、続けることが合理的と判断し自分をコントロールした・・・ということだろう。

森さんより人生を成功に導く言葉を送られた

自分を合理的行動にコントロールし、その他を諦めるのは実際難しい。

森さんは言う

成功するには、少しでも確率の高いもの、あるいは期待値の高いものを選択すること。ほぼ、これに尽きる。確率の高い方法を選び、地道に努力を積み重ねることが、最も期待値が高い成功への道といえる。

わかりきったことではあるが、確率が高い方法を選ぶことが肝要だ。

そしてそれ以外を諦めることは悪いことではない。

最終的な目的が決まったのであれば、それに向かって努力していく。

達成しないのであれば、今までのやり方を諦めてほかの方法に切り替える。

それでもだめならその方法をも諦めて別の方法を模索する。

その繰り返しが大事なのかもしれない。

みんな「諦め」をやってると気付いた

私は、50年生きてきた人であれば多かれ少なかれ、「諦めてきた」と思う。

自分で無意識でも、いやいやでも、仕方なくても、判断して諦めてきたと思う。

それをもっと考えて、意識的にしてみたらいいのではないか?

もっと前向きに諦めたら良いのではないか?そう思った。

私だって、「いやいやながら」「不本意ながら」「仕方なく」なら諦めてきた。

そうではなくもっと積極的に諦めるのである。

これからの人生、何があなたの自由ですか?

自由とはやりたいことを実現する過程。

その自由において、何を計画し何を諦めているのだろうか?

これは24時間という限られた時間を、私たちがどう利用するのかを考えることになるのかもしれない。

50代からは自分が楽しめることに軸足を持っていきたい。

そのうえで何を諦めるのか。

立ち止まってみたいと思う。

諦めることは、私たちの味方になる考え方かもしれない。

まだまだ、諦めへの考察は続く。

この本について

この本「諦めの価値」が気になる方はこちらから。

ブラック企業

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