おのみち歴史博物館での笑い
レトロな飲み屋街からやっと海に抜けた私。
目的地である歴史博物館を大いに行き過ぎた場所に出ていることに気がつく。
レトロの魔術にかかったのかな?(笑)
足が疲労して歩けない、そのため、海辺の漁業協同組合の横の浜辺で休憩した。

休憩しながら見た海と尾道大橋。海風が心地いい。ぼーーっとした穏やかな時間が過ぎていく。
漁師と思われるおじさんが2名、長靴姿で歩いている。
漁師も少なくなってるのではないだろうか?
魚採れるのかな?そんなことをぼんやり思っていた。
10分ほど休憩し、気を取り直して西に進路を取る私。

見つけた、歴史博物館。
入館料210円
女性と男性2名が受付に立っていた。
すっごく気さくな2名。博物館の展示だけにとどまらず、いろいろなことを教えてくれる。
楽しかった。
教えてもらったこと
今は期間限定の展示物として目玉、浄土寺所蔵の「足利尊氏」の絵が展示されていた。3年かけて修理され本邦初公開だという。尊氏の絵としては馬に乗って長い髪を流している絵が有名。イメージは異なるがこの浄土寺の絵は多分本人の絵らしい。正装している尊氏。優しそうな面持ちだ。熊本に残る本人であろう像に似ているらしくこの絵は本人だろうと考えられているとのこと。(絵の下に説明書きがあった。)
尊氏は荒ぶる武人ではなく、案外、優しい人で人懐っこかったのではないかと個人的には思っている。それは吉川英治『新・太平記』を読んで。私はなぜ楠木正成に惹かれたのかの印象かもしれない。
この絵はまさにそんな尊氏だった。
似た絵では頼朝像があるが、頼朝の方が男前だと思った。館内は撮影禁止のため尊氏像はお見せできない。
尾道はその地形からか、早くから海とともに栄えてきたようだ。
足利尊氏が2度立ち寄ったことは有名。そのほか、毛利氏、小早川氏、秀吉、村上水軍。いろいろな人が立ち寄り尾道の歴史に彩りを添えていく。
地形の要所。そしてこの海。覇権争いもあったことだろう。尾道のような美味しい場所は覇権争いも苛烈だったよね?と想像した。
疑問解決あれこれ
歴史博物館で私の疑問がいろいろ解決したのでお披露目したい。職員お二人はとても気さくでお話好きな人たちだった。
Q 尾道の坂の上に住んでる人はどうやって生活してるの?
A 実は高齢者はほとんど住んでいない。空き家が相当多い。住んでいるのは飲食を経営している人や宿を経営している若い人が多い。
だろうね。あそこで高齢者は住めない。50代の私でもパスしたい。日々の運動には事欠かないけれどね。買い物が重労働だよ。
Q 尾道にはどうしてこんなに寺が多いのか?
A 尾道は商売人が多くいた。そして財を成した人も多かった。彼らは競って寺に寄進した。彼らの中では寺に寄進することがステータスだったらしい。だから寺が増えたらしいよ。
そういうことか。だから狭い土地にこれだけ寺が多いんだ。みんな我先に寄進したんだろうな。天寧寺の羅漢像も寄進されたものだったことを思い出した。
・・・そういうことだ、納得した。
Q 12月に今治までレンタサイクルで行こうと思っている。ママチャリで渡ろうと思うがどうだろう?
A 厳しいよ。70kmと言われているけど正味80kmくらいはある。1泊2日で余裕をもたせても橋を上るのが体力がいる。大変。電動自転車のほうが良いのでは?特にお尻が痛くなるよ。
そんなに大変なの?私はしまなみ海道を舐めていたのかもしれない。
電動自転車にしよう、高くても背に腹は替えられない。
そのほか、足利尊氏は尾道に2回来ているという話から浄土寺の話になった。
浄土寺は古寺巡礼の一番最後にある寺。一番東だ。
私は途中で海に向かって曲がったので、浄土寺には行っていない。足も限界だったので行く気はなかった。しかし女性の職員さんが
「浄土寺が尾道では一番有名。建物も国宝!!」
私は国宝に弱い。
市役所前の道をまっすぐ行くと道が曲がるので曲がった先が浄土寺だという。ここから歩いて10分で行ける。
10分か・・・博物館で休んだので足も元気になった。
私は尊氏が戦勝祈願した浄土寺へ行くことにした。
さらに職員さん、「市役所の屋上からの見晴らしが美しい。無料で上がれますよ。」と教えてくれる。これは良い情報だ。
博物館の職員さんたち、ありがとう。私は2人と仲良くなっていた。
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