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吉川英治『新・太平記』を読んで。私はなぜ楠木正成に惹かれたのか

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わからないから輝きを増す。凡人の私に理解できないから、私は楠木正成に憧れる。

あなたは歴史小説は好きだろうか?
私は大好きだ。
特に吉川が良い。
彼は小説家であるが、できるだけ史実に基づいて書こうとしてる姿勢が好印象だ。
実際、平家物語を読んだとき彼はあとがきにそう書いていた。

私は今回、新太平記を読んでみた。

太平記を読んでみようと思ったわけ

結構な長編である吉川の新太平記。
読もうと思ったきっかけは「楠木正成」である。
子供のころから知っていた。有名な人。
でも中学校の歴史の教科書には一行ポロっとでて終わった。確か。早ってかんじ。先生もスルーした。
テストにもそう頻出しない。

織田や豊臣と比べるまでもなく、尊氏ほど重要視されることもない。
私は彼の名が教科書に登場した時、「この人か!」って思った。で、終わり。
でも私の中では、存在感があった。
何、この存在感?
私は楠木っていう樹木の印象とともに彼のことが子供ながら心に残っていた。

あれから数十年。
私は気になっていた。
楠木正成さんが気になっていた。

かなり有名でしょ?しかも英雄っぽい印象で語られる。尊氏なんかよりも英雄ぽい。なんで?何した人?
最近、明治維新の志士たちに大変尊敬されていた話を聞いた。
、、、気になる。
正成。

そして私は時間をとられることを承知の上で、吉川の新太平記を手に取った。

正成はそこにいた、本の中にいた

あなたは楠木正成のこと、詳しいだろうか?私はこのとおり白紙の状態で小説に入っていく人間だ。
白紙だからいちいち感動する。吉川の描く人物たちに魅せられていく。

吉川の小説の中には、吉川がとらえた正成がまさしく私の前に現れたのた。

彼はいた。存在した。
そして懸命に考え生きていた。

吉川の描く正成は
朴訥 見た目はただの田舎のおじさん。
隣に座ると大地のにおいがするような人。いや、大地そのものみたいな人。
多くは語らぬ、でも、あったかい。
民、領民のこと、部下のこと、家族のことをとても大事にしている人
そして何より知略に富み、先を見通す目を持っている人
として描かれていた。

私は吉川の描く正成が好きだ。
こんな人であれば、部下や領民がついていくのもわかる。
私が武士だったら、そりゃ力になってあげたいって思う。

なぜ正成は後醍醐の呼びかけに応えたのか?

私はこれがわからない。
天皇の絶大なる影響力、それは今とは比べ物にならないくらいだろう。(吉川も後醍醐の顔のことを「龍顔」と何度も表現している。)
にしてもである。後醍醐方につく=戦争に行くってことだ。
時代的にそうならざるを得ないにしても、のらくらかわすこともできただろうに。
(多くの田舎武士たちはそうしていたようだ)領民のためにはそのほうが良かったとも言える。

でもかわさなかった。自ら投じていった。一族郎党、領民も引き連れて。

なんで?

小説の中では
自分が戦争に与したために、幾千人と白骨にしたと悔いる場面がある。正成の業であると。業なのか?

少ない兵力で鎌倉を引き付け千早城に籠城。

尊氏が九州より進撃してくる際、尊氏と和睦せよと朝廷に進言したが、天皇の取り巻きの公家に詰られ進言も採用されず。
そして死ぬとわかって湊川に向かった正成。
湊川では決死の戦いをし、義貞を都へ逃がし、最後は正季と刺し違えて自刃。

なんで?

天皇を朝廷を、国を敬う心。忠臣ということか。命よりそれって大事なの?

理解できないから醸し出される魅力

尊氏は小説の中では何度も、正成に尊氏方につくよう説得を試みている。そのたびに「賊軍尊氏」と言い放ち、その話を完膚なきまでに断っている。

正成は知力が素晴らしい。
鷹の目で戦争を見ている感がある。
結果は分かっている、敢えて、それを受け入れ死んでいくその姿。

私は涙してしまった。
あかん、死なないでくれ。。。。
その命が惜しい、その優しい人柄が哀しい。
その知性とその能力を持ってしても、天皇方につこうと判断した正成。負ける可能性が大いにあったのに従った正成。
わからないから輝きを増す。凡人の私に理解できないから憧れる。
そういうことなんだろう。

私は正成の命そのものから醸し出されるあったかい光に魅せられていた。

正成が歴史上に姿をみせて輝いたのは、死ぬ直前の数年であったという。それまでの彼は全くの無名。良い領主として良い父として夫として、河内の地にあっただけなのだろう。

時代が彼を呼んだ。
彼はそれに応えた。
短い生涯であったが、歴史は彼に永遠の輝きを与えた。

今頃、彼たちは一族郎党仲良く酒をのみ笑っているのかもしれないと思った。

歴史小説は、時代を切り開いていったご先祖様たちの息吹を感じることができる。
ページをめくればはるか昔に走り去った馬のいななきが聞こえてきそうだ。

歴史に「もし」は存在しない。それは必然。

あなたも時には過去の英雄たちの世界に繰り出してみてはいかがだろうか?
そこには心は私たちと変わらぬご先祖様たちが、泣いて笑って怒って生きている姿そのものがある。

ページを閉じて私は、夏の青空を見上げたのだった。

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追記

吉川英治自身は「小説の読者は小説を読んでいると思いながら、実は自分を読んでいる」と考えていた。・・なんとなくわかる気がする。
私が惹かれる人物は、その中に私自身を見ているのかもしれない。
もしくは惹かれる人物に、あこがれてやまない何かを見ているのかもしれない。
いずれにしても私が惹かれる人物は心に留めておきたいと思う。

吉川は作品を仕上げるにあたって、尊氏ゆかりの地、正成ゆかりの地に足を運んでその「土地」を感じて書いている。本人の直筆の書も拝見している。遠い昔、命を燃やしたその人をできるだけ吉川が感じて書いた小説。だから私は好きなんだ。
私を含め現代に生きる読者はどう転んでも、当の本人に会うことはできない。。
であるならば、できるだけ史実と本人に迫る物語を読みたいと思うのは人情だろう。
吉川の小説の一端に、正成や尊氏を感じられた気がした。

こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方は
お金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいこと
にまとめている。

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