自分が今やらなければならない、一番大事なことは何か。松陰の問いは、そこに私を連れ戻してくれた。
あなたは歴史上、好きな人物は誰だろうか?聞かれたら誰と答える?
ある時、姪に聞かれて即答できなかったことがある。
その後考えた。
そして、私は吉田松陰と答えた。
松陰のどこが好きなんだろう?
ストイックなまでに自分に厳しいところ。
礼儀ただしく律することのできるところ。
達観して些末なことでは全く動じない強さ。
見た目は静かであったと思われるが、内に燃えるような情熱と熱量を持っていたこと。
ずば抜けた行動力。
他人の中に素晴らしいものを見つけ出し、分け隔てなく付き合える度量。
人を育てる力。
あかん、書き出したらきりがない。
あの有名な姿勢よく座っている絵のイメージがあるのか、背筋が伸びていてブレない強固な軸を持っていた人。
とにかく熱くて器のでかい人物だったように思う。
松陰は実行者だった。そしてよき師だった。そして常に学ぶ人だった。
私は最近、暑さにやられて身体がずっとだるい。
2026年、昨今の暑さは想像を絶している。しっかりしろ、自分・・・と思っても頭がぼーっとする。
暑さにやられている。
そんな50代が元気をもらいたくて手に取った本の話をしよう。
いや、違うな。
題名にひかれた。覚悟を決めたいんだ私は。覚悟の決め方を知りたくて、松陰さんに背中を押してもらいたくて読んだ本の話をしたい。
松陰、その言葉。私は膝を叩いた!
この本の構成は各テーマに沿って短い文章が書かれているというもの。読みやすい、というかすぐ読めてしまう軽さがあった。
014 不安のない生き方
先行きの不安に心をうばわれないようにするためには、あれこれ目移りすることなく、自分という人間を鍛えることに集中して、「全力を出し切りますので、あとは天命におまかせします。」という心構えでいるのが、良いと思います。
私は不安なくいきたい。
不安はなくそうと思っても、ちょっと先のことですら考えが向くと止めどなくでてくる。
未来は分からないから、思考がそこに及ぶと自動で不安になるのが人間だ。
あれこれ思う。とまらない。
松陰も人間だ。熱血の行動家、情熱家でも不安になることはもちろんあった。
彼をもってしても、あったのだ。松陰の答えがあった。「自分を鍛えることに集中」「自分を出し切る」あとは天にお任せ。
おっと・・これは私と似ている。私も、「やるだけやったらお任せしかできない」のが真実だと思っている。だって、それしかないでしょ?!実際、問題として。
自己鍛錬に集中できていない、しかも出し切れてない。それが私の問題だけど、お任せはできるほうだ。(そこだけって突っ込みたくなる)ポイントなのは全部対象は「自分」である点だ。自分を鍛える、自分を出し切る。最後だけ天命。やっぱり行動の部分は私ね。私次第ねってこと。
自分が今やらなければならない、一番大事なことは何か?
037 心を向ける先
うまくいっている人を見ると、気持ちが焦ってしまいます。ついている人をみると、自分の運のなさに腹も立ちます。でも、そんなものは巡りあわせだから、気にしなくてもいいのです。そんなことにかかわっている暇はありません。一刻も早く、「自分が今やらなければならない、一番大事なことは何か?」をはっきりさせてください。悩むべきはそのことだけです。
・・・この問いは直感で大事だと感じた。
この問いだけで、常に私を私の中心に持ってくることができる。
松陰はこれ以外は、悩む価値すらないという。確かにそうだ。
常に、今、自分がやるべき大事なこと。ここに集中せよ。
この問いをいつも自分に投げておこう。そうすれば思考のエネルギーロスが減るだろう。
…? ところで、私が今やらなければならない、一番大事なことって何?
あなたにとっては何だろう?
私はいつも思う。それはいつも自分の心の中では「自分を自分が大事にすること」だと。
もちろん、クライアントの相談に応える、仕事をする・・・目下やらねばならぬことはそれをやりきる。それ以外の考えの基本についてだ。
ところで、松陰さんでも焦ったり腹立つことがあったんだ。これはちょっと安心した。
人間だもの。最初っから出来ていた人なわけない。
彼は多分、普通の人より真剣に七転八倒した。その先の彼だったと思う。
もっと真剣に悩まないと松陰のように振り切れないのかも。といいつつ、彼になる必要はないんだけどね。私はわたしの本分をつかまなくっちゃ。
最後の宿題 宿題を忘れるな!
人生にも宿題があった。なんだと思う?松陰は身をもって宿題を最後の瞬間までやり切って果てた人だった。
167 最後の宿題 自分はいつまで若さを保てるか、人よりどれくらい長生きできるか、そんなのは、自分の思いのままになることではありません。
だた、それでも、自分という人間をいつまでも磨き続けるというのは、あなたの宿題なんです。
自分を磨き続ける。死ぬその瞬間まで。
松陰は最後、牢屋に入れられて処刑されいている。安政の大獄だ。牢屋の中でも松陰はいつも本を読んでいたという。そしていつ頃からか同じ牢獄の中にいた囚人たちに書を教えていた。牢獄が塾に変化していた。勉強をしたこともない人もいたことだろう。彼らは最後に勉強することができて、学ぶ楽しさを知って松陰に感謝して死んでいったという。
自分を最後まで磨き続ける。これは綺麗ごとではない。明日処刑されるかもしれないのに、何のための勉強か?!小賢しい頭は畳みかけてくることだろう。私なら多分すぐ考えると思う。しかし事実は違う。最後の呼吸を終えるまで松陰たちは学んでいた。磨いていた。
そうすることが正しいと心底理解していたに違いない。囚人たちも喜びを知って最後亡くなっていったといわれている。それだけで磨く意味があることがわかる。
最後の最後まで諦めず磨き続ける意味。
それは学ぶこと、新しいことを知ることに意味があるんだと私は思う。
私も私なりに、自分の世界を広げつつ自分磨きを最後までしていこうと思った。
なんといっても宿題だからね。提出しなくちゃならないかも。(誰に? 神様に? )
もし動物だったとして人間に生まれ変わったらどうする??
最後に想像力を書き立てる質問を投げかけて終わりたい。
170 動物でなく人間として
もしも自分が動物だったとして、ある日、人間に生まれ変わるのだとしたら、まずは何をしたいか。どんな風に生きたいか。簡単な話でなありませんね。同じ人間同士、一緒に追求していきましょう。
私が犬だったとして、ある日人間に生まれ変わったらまず何をしたいか。多分うれしくて走り回ると思う。言葉で意思を伝えれることが楽しくて、会話しまくると思う。とにかく嬉しい!!の一言だと想像する。好きなものを食べて行きたいところに生き、知りたいことを知ると思う。
嬉しくて楽しくて、夜も寝れないんじゃないかな。
ここまで書いて思うのだ。人間はかくも恵まれた存在であるということを。
私は人間でありこの時代の日本人であり生きていることに感謝したい。
どんな風に生きたいか。マジで懸命に生きたいと思うだろう。
喜びの塊になって生きるんじゃないかなと思う。
あなたはどうだろうか?
もし動物だったあなたが人間に生まれ変わったら?どうする?何する?ちょっと想像してほしい。
今の環境に土下座して感謝したくなるのは私だけだろうか?
人間に生まれてこれてよかった。
この質問は、元気のないときに自分にしてみたい。
人は良くも悪くも慣れるもの。
私はこのいい意味での驚きは忘れたくない。
以前司馬遼太郎の小説を通して松陰に接したことがある。あれ以来か。松陰にまつわる本を読んでみたくなったな。この本をきっかけにそう思った。
この本が気になる方はこちらから
歴史上の人物への敬愛について、以前も書いた。
吉川英治『新・太平記』を読んで。私はなぜ楠木正成に惹かれたのか
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こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方は
お金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいこと
にまとめている。

