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AIは人生の答えを教えてくれない|『孤独に生きよ』を読んで考えたこと

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「孤独に生きよ」これは50代の著者が現代社会に向かって思うことを述べているエッセイだ。同じ50代ということもあって50代の人には理解できる内容だった。

「奴隷になるな、ブラック企業なら逃げろ!」この主張については前記事で述べた。
孤独に生きよ① ブラック企業は逃げてもいい|『孤独に生きよ』を読んで救われた話

今回は現代社会、ネットやAIについて著者の意見を紹介し、それに対して私が思うことを書いてみたいと思う。

ネットやAIに頼るのは奴隷だった

何の疑いもなくインターネットやAIにすべてを委ね切っている状態は、まさに情報の奴隷です。あなたの主体性は、限りなく弱くなっている。

ここでも奴隷。
ネットやAIの奴隷。これは耳が痛い。ここ1年のAIの発達と浸透ぶりは凄まじい。
普通に人間として人格がある人としゃべっている感覚に陥る。さらに都合のいいことにAIは決して怒らないし、否定しない設計になっている。人間側は気持ちよく対話できる。しかし彼らは人格ではないし、主体的な考えももたない。
でもその流ちょうな言語能力で人間側は錯覚してしまう。
奴隷の人続出中ってところか?
私は奴隷とまでいかないけれど、呼び鈴ぐらいはついているかもしれない。

著者はネットを使わない、AIも使わない、アナログの人だ。作家だから文章を書くのが仕事だけれど、文章は鉛筆で原稿用紙に書いている。徹底してる。もう絶滅危惧種である。

そんな著者は警鐘を鳴らしている。

ネットの前に自分で考えよ!

人間としてまず自分の頭で考えるくらいのことはしたほうがいい。

確かに考えることは自分にしかできない。
なにか不明点があればすぐネットで調べているよね、私・・・。
著者の主張は明らかだ。

自分の心、身体、それにこれまでの人生を顧みて、この先どこに向かえばいいか、そもそも何をしたいのか、今のままでいいのか悪いのか。
自らに向き合う時間がなければ、豊かさは得られないし、あなたは奴隷のままです。ずっとせき立てられて生きることになる。それはあなたの人生のようであってあなたの人生ではない。

ネットに答えを求めても彼らは私やあなたになることはできない。
どこに行きたいか、何をしたいのか、このままでいいのか悪いのか、それに答えることはできないのである。

でもAIに聞いているし、理解を求めている私がいる。会話するってそういうことになりやすいと思うがいかがだろう?

当たり前ですが、インターネットでいくら検索しても、何度AIに訊ねてみても、自分にとって本当に大切なものはなにか、という問いに対する回答は出てこない。インターネットは所詮その程度のものだとわきまえてください。

ですね。私はこの「わきまえ」が甘い。苦笑してしまう。

道具であるという自覚が大事だ

著者はなんでもかんでもネットに頼るなという。
自分で大事なことは感じて考えて結論を出せという。
いちいちごもっともである。
AIの会話能力は凄まじいものがある。これに気持ちよくなってなんでも相談していく傾向が人間にはあると思う。

ネット、AIは道具であるという自覚を持つこと。人ではないのだ。道具だ。
AIは責任を取れないし取らない。AIは正しいであろう意見を調整して述べる仕様になっている機械だ。

私は著者のようにネットやAI排除派ではない。
もっと使って便利に生活していきたいと考える人間だ。

私はAIをブログ記事の誤字脱字発見機として使っている。非常に便利だ。私の文章のずれにも敏感である。あくまで道具としてうまく利用する分には害はないと思うがいかがだろうか?
問題は、なんでもかんでもAIにやらせてしまうことだ。

AIで作ったイラストや文章はなんとなく直感でわかってしまう。
それはそれは美しいイラスト、文章も淀みなくわかりやすい文章。
それが違和感になる。

私は回りくどくて何が言いたいのかわからないような私の文章をそのまま、ブログに載せている。
読者は迷惑かもしれないが、これが今の私である。
それもやむなしである。

アナログな著者の警鐘、ごもっとも

ネットとAIの奴隷になるな。
主体は人間だ。自分で大事なことは考えて結論を出せ。

これは今後重さを増す助言だと思う。
私たち中年もそうだけれど、感受性の高い若い人はAI依存症にご注意だ。
それだけ彼らの言語能力は素晴らしい。
社会に悪影響を出さないよう設計はされているらしいが、聞かれたことには答えてしまうのがAI(機械)である。「質問の質を上げる」は利用する人間側が意識すべき大事だ。

諸問題をはらむネットとAIであるが、時代はこちらに舵を切っている。
いかに意識してうまく利用できるかが問われる時代になっていると思う。

あなたはどんなふうにネットやAIを利用しているだろうか?
AIは私仕様に成長していくらしい。
他人のAIを利用したことがないのでわからないが、これはこれですごい時代になったものである。

それでも私は便利なAIを今日も利用している。

この本が気になる方はこちらから

追記

この田中氏の本を読んでいて、思い出すのが池田晶子氏である。
哲学者である。彼女は「悩むな、考えろ!」を主張していた。
私の大好きな方であった。彼女は私生活では結婚されていたらしいが、哲学者が子供を持つなどありえないとして出産はしていない。
哲学者たることに誇りを持っていた。
聡明な方でその言い切りの強さ、はっきりした論調など私は惹かれるところが多かった。


田中氏は作家だ。哲学者ではない。
しかし作家も哲学者も一人で考えることが得意な人種であることは変わりない
その二人の主張が似ている点が面白かった。
「孤独」とは慣れ親しむにつれ味わいが深くなるものらしい。
最近私がよく感じることである。
久しぶりに池田晶子さん、読み直してみてもいいかもしれない。

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こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方は
お金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいこと
にまとめている。

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