いままで夢について森さんの本を読みつつ、私なりにあれこれ考えてきた。
意外にも難しく掴みどころがない「夢」。
今回はそのふわふわした掴みどころがない夢を具体的に掴める形で森さんが提案している。
「作る」ことのすすめ
森さんは自分の夢は自分で考えて見つけろ、と主張する。自分の夢なんだから自分で考えるしかない。これは私も同意だ。
考えてもわからないという人に向けて、森さんは「作る」ことをおすすめしていた。
具体的な話である。
なんでもけっこう。作曲、作詞、作文、作画と熟語を挙げていくだけで、想像が広がるだろうし、また自分にもできそうな分野が一つくらいは思い浮かぶのではないだろうか?
ここまできて、私のやっていることは私にとっての「夢」に成りえると感じた。
私はブログに文章を書いている。作文だ。
それに写真まで自分で選んで載せている。一種のアルバム作りだ。
評価の仕方はあやふやなれど、一歩足を出すことはできているみたい。
さらに、
作らないことでも、工夫を取り入れることで、自分なりの手法、自分なりの拘りを作ることができる。魚釣りでも、山登りでも、あるいは、菜園、飼育、修理、復刻、調査、研究と、いくらでも思いつける
という。
こういう文章を読んでいるだけ、私はワクワクだ。
やりたいこと、やれそうなこといろいろある!!と心が感じたからだ。
これは楽しくなりそう。
そういえば、70代の男性で「フィールドワーク」が趣味、いや、生き甲斐にしている方を知っている。もちろんお金にはならない。彼は四季を通じて山に入り動物の足跡、ふん、食べかすなどを発見、観察し自然遷移と自然保護について研究している。車に跳ねられて死亡した動物の種類と数の集計も取っているそうである。「何のために山に入っているの?」と聞いたことはない。でも、彼の自然を見る目は子供のそれと同じであり、キラキラしているのだ。「山に入ると発見だらけで、楽しい!」とその目が語っている。目的なんか聞く方が野暮ってものだ。
彼はまさしく「自分だけの夢」を実現中なのだ。
(なんか羨ましいな。)
内緒でこっそり1年はやってみる
森さんは人に見せずに、黙って自分だけの秘密で作り始めることを勧めている。そして少なくとも1年はこっそり作ることを続ける。作文を作っていて、ある時絵が描きたくなったら、作文をやめて絵を描いたらいい。作るものが何もない状態は「まずい」という。
とにかく1年こっそりとかぁ。
楽しくなってきた私である。
私は不器用なので洋服などは作ったことがない。中学生の時、エプロンを作った記憶があるくらいだ。あれ以来、ない。私が作るよりお店で安くきれいな洋服がいくらでも買えるからだ。
これはあらゆることにいえる気がする。
話が大きくなるが、今や自分で作らなくても洋服だけでなく、何でも安価に手に入る時代になってしまった。それに加えてAIの登場だ。頭を抱えて文章を書く必要がなくなった。何時間もかけて絵を描く必要もなくなった。AIに命令すればあっという間に、文章も絵も、プログラムだって書いてくれる。
しかも文章は作家並みに整っているし、絵だって写真のようなリアルさだ。
人間の文章家や絵描きって不要じゃないか?って言われる所以。
まさにお手軽社会の到来だ。だからあえて時間と労力をかける「夢」が無意味なんじゃないか?とタイムパフォーマンスとコストパフォーマンスを重視する脳は考えてしまう。
私の脳がそうだった。
「ブログ?誰も読まないし、お金にもならない。時間の無駄じゃない?」って私の脳によく言われたものだ。
でも1年だ、少なくとも1年である。
内緒でこっそり秘密で続けてみる。森さんはそこに価値があると言ってるみたいだ。
信じてみよう。そう思った。
夢の効能、コスパ最強説。
自分で作ることが「夢」となったとしよう。
何を作るかにもよるけれど、やりたいことがある、それに打ち込めるというのはコスパが非常に良いという。
森さんは、「やりたいことがある、自分の楽しさを持っている、つまり目指す「夢」があるから」普通の人がしているようなことに、ほとんど金を使わないらしい。多分自分だけの楽しみがある人は他人が何をしていようが、そもそも気にならないのだろう。
暇だったら、他人が美味しそうに食べていたら自分も食べに行ったかもしれない。
夢があったら、他人が何を食べていてもあまり関心がない。そこに食べに行くことはない。
作文、絵、山登り、写真、作り出す夢を手にすれば、それに必要なコストだけで後は不要なのである。確かに自分の夢という尺度に合わない無駄な支出はなくなりそうだ。
これは喜ばしい発見だ。
節約がいくらでもできる。節約しているという感覚さえない。金欠であったとしても、夢のために我慢しているのだと思えば、平気だ。簡単に言えば、生きる「支え」がある。「夢」は「金」よりずっと頑丈で、しかもけっして減らない支えなのだ
という。
・・・これは「夢」、やってみるしかないでしょう?! 私は自分に話しかけていた。
夢にだって苦もあれば楽もある
何かを作り始めて、やったぁ!と思うのは早い。その道中でも浮き沈みがあるからだ。
そもそも人生には上下運動はつきもの。
それは夢においても言えること。
上手くいかない、失敗した、落ち込んだ。何かを作る夢の過程でも普通に起こりうる。
真剣に夢中になっている夢だからこそ、上下運動がある。
下にかがんで落ち込んだ時も続けてみること。
「やめずに」続けられることが大事だ。
森さんも毎日土を掘って、庭園鉄道の工事をしている。とても大変だという。
最後に森さんの美しい文章を紹介したい。
是非、なにか自分なりのものを作ろう、と考えて、あなた自身を幸せにしてみよう。作るものは何でも良い。あなたの手で、あなたの時間で、あなたの頭で生み出すものは、必ず、あなたの価値を教えてくれる。僕自身、まだわからないが、きっと、生きている価値みたいなものを教えてくれるだろう。そんなふうに考えて、今は毎日土を掘って、庭園鉄道の工事を続けている。どうして、こんな苦労が、こんなに楽しいのだろう、と思う。そう思わせてくれるマジックが、夢というものの機能である。
私はこの夢の機能を実感しているだろうか?
この作文ブログでちょっとはわかってきたかも?
ほかにも絵を描いたりしてみたい。新しい家の見取り図を描くのも楽しそうだ誰にも言わなくてもやりたいか?|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで⑤。
私の頭で考え私の手で私の時間を使って作り出すもの。
それが私だけのオリジナルになる。
これは間違いないだろう。
自分のオリジナルを大事に、作る「夢」を育てていきたいと改めて考えている。
あなたは何を作りたいだろうか?
もしかしてもう、作っているかもしれない。
その何がかあなたに与えてくれる価値について実感してみてほしい。
「金」より大きな「支え」になってくれているかもしれない。
私はお金をこよなく愛しているのであるが、それと同時にすばらしき「夢」マジックにかかってみたいと考えている。
50代、まだまだ忙しい。
子供の時の夢を実現していくのが人生だ。
他人に対しては
何かに夢中になっているようだ、という熱気だけは伝わる。それで充分だ。夢の詳細は、自分の中に仕舞っておけば良い。
という。
やりたいことがたくさんあると気づかせてくれた一冊だった。それだけで私の熱気は上がったと思う。
涼しくなった9月の風が吹き抜けていった。
この本について
この本「夢の叶え方を知っていますか」が気になる方はこちらから。
私の「夢」は何だろう?|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで①
「老後の安心」は夢じゃなかった|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで②
夢の源泉は「楽しいと感じる力」|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで③
夢のヒントは子供時代にあった|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで④
誰にも言わなくてもやりたいか?|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで⑤
お金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいこと
「涼しくなった9月の風が吹き抜けていった。」で終わっています。原文通り、追加・変更なし。

