私は文章力を上げたいと思っている。そこでクロードに提案されたのが「燃え殻」さんの本だった。
そぎ落とす文体が学べるらしい。
読みながら思ったんだけど、読むだけで文章力があがるのだろうか?謎。そんなに簡単なことではないよね?
燃え殻の著作の中から手に取った本は「すべて忘れてしまうから」。ちょっと表紙をめくる。
やっぱ、これだけで上達するとはとても思えないわ。
小ネタ満載 メモしてたら記事になった
目的は前述の通りだ。そもそも記事にする気はなかった。
内容も薄い短編集だ。さらっと読んでみようという程度の意識だった。
ところが、読書メモを取っていたら、だんだん記事になってきてしまった。
そして内容は思ったとおり、読みやすい。すらすら読めてしまう。
彼はどうやら小説家らしい。
以下は私が読んだ中で、面白い、そうか!など心が動いた箇所。読書ノートを書く習慣なので、これはどうしてもやってしまう。
これは人生で一番幸せだった話を同僚としたときの話。同僚の一人が、憧れの彼女が「ツタンカーメンになって寝ている」触れなかったけど一番幸せだったとか
パラグライダーにトライした人。事前に注意事項を聞いていたのにいざと飛ぶときになって、逃げだしたくなった話とか。
人間は、本人も予期せぬタイミングで後悔するものらしいなどの気づきを得たりしている。面白い。
特にツタンカーメン、この表現は秀逸だった。絵として想像できるのがおかしかった。
ツタンカーメンかぁ。良いですな。
この本は、なんかの雑誌に連載しているエッセイを集めたものらしい。彼の筆にかかればちょっとしてことでも文章になる、そして余韻を与えることができる。
それを冒頭から感じた私だ。これが文章力なのか?そうなんだろう。
燃え殻さんはちょっと陰の気配を漂わせる人なんだと思う。
そして、文章のうまさとは別に、私の心に残った話もさらにいくつかあった。さて、私の読書メモに戻ろう。
人が亡くなって一番に忘れるのは「声」かもしれない。そういう話があった。
大好きな祖母の話だ。父親がいたずら好きで家族に黙ってよく録音していたという。
ある日再生してみたら亡き祖母の声が入っていた。思った以上に早口で高い声だったとか。
声かぁ。私もいろいろな声を録音したいと最近思っている。
それは父の声だったり母の声だったり。自分の声もあるかもしれない。
声は不思議だ。その人だけのものだ。
いろいろな人の声を残しておきたい。だって、忘れてしまうもの。
声を一番に忘れるは燃え殻さんの意見。私は一番かどうかはわからないけど、忘れたら最後その声は思い出せないとは感じた。
やっぱり録音だ。
さらにメモが続く。著者の祖父はスーパーマーケットを経営していたという。
肉の味が悪かった、歯磨き粉の箱の角がつぶれていたと客が文句を言ってくるたびに、めちゃくちゃ深くお辞儀をして謝っていたという。その後入院して看護師に血圧を測ってもらってまたお辞儀をしていた。
「じーちゃん、看護婦は仕事だよ?謝ることなんてない!」と子供の燃え殻は言ったという。じーちゃんは体で教えた。
「偉そうに鼻の穴が見えるくらい仰け反ってみな、しんどいだろう?」そしてさらに「いいか、偉そうにするなよ。疲れるからな」と言ったという。それが祖父の最期の言葉だった。
良い話だ。おじいさんの優しい人柄がにじんでいる。
こういうのはうまいなぁと思った。
小さい、いろいろな話の中で、心に触れる作品がある。それがじぃーーんと響く。
それを「あいうえお」を使って文字で表現する。これが才能かぁと私は感じた。
全部は読まなかった。私の思考が動かなかったから
いろいろ面白いんだけど、中を飛ばして全部は読まなかった。
なんでだろう。多分、私の思考が動かないからだ。
感情は動く。でも、それは余韻に浸る程度で、そこから考えが広がっていかない。
もちろん記事にもしないし、読んでいて、時間の無駄のような気がした。暇つぶしには良いかもしれない。
あくまで今回は、文章の書き方を学ぶというスタンスで読んだ本だ。私的には感動や学びまで求めるなっていうことだろう。
そしてさらにもう一つ、興味深いことに気が付いた。文章を書く人の生活スタイルについてだ。
家だけじゃなく外で書くことも割と多いのね。
読み進めていくと結構、著者はビジネスホテルで記事を書いていたりフレッシュネスバーガーで書いていたり喫茶店に出没したりしている。長さ的にはブログ記事一本くらいの小作品だ。
十分執筆できるだろう。
家でなく出先で書いている。これは家よりも環境を変えたほうが執筆が進むということかもしれない。
ここで妄想が膨らむ。もしかして私も将来そうなっているかも・・・いや、ないない、そんなことを空想して、一人笑いながら私は図書館でこの文章を書いている。
(笑)
文章を書くプロの生活の一面が垣間見れておもしろかった。この本には著者の日常がちょいちょい書かれている。
人の生活を感じることができるのはこういう作品のいいところである。
その日常で著者は時々、昔自分が行った場所に行ってみることがあるらしい。通った専門学校、そこは老人ホームになっていた。
初めて彼女にごちそうした洋食屋も空き家になっていた。
昔自分がいた場所が様変わりしてる姿を見るのは妙に哀愁が湧くものだ。私にも経験がある。
久しぶりに通ってみると美味しいレストランが潰れてチェーン店になっていたり、弟が通っていた理髪店が取り壊されて新築の家が建っていたり。
やっぱり昔あったものがなくなると、ちょっと寂しいような懐かしいような、時の流れは止まらないよねといったような気持ちにさせられる。不思議だ。
どうやら、著者がこの文章を書いているのはコロナが猛威をふるっていたころらしい。そういうこともあったな、コロナ自体が懐かしい現象になっている現在だ。
著者は会社員を休職した。(なぜ休職したのかは書かれてたかもしれないけれど、私は知らない。
全部を読んでないので)
その休職した燃え殻が言う。「この20年、社会の隅で仕事をしながら僕は、日々「漠然とした不安」を抱えて生きてきた。「これからどうなるんだろう」と思って生きてきた。」という。
おや?!この感覚。私と同じだと思った。
ここで初めて著者のプロフィールをみた。「げ、彼も50代か・・・」私と同じ年代の人物らしい。
そうだよね。漠然とした不安、あったよね。
私は深く頷いていた。50代の人の文章だから、妙に心に沁みるのか、彼の人格と育った時代に共鳴する部分があるからなのかわからない。
でも、私たちに共通している独特の、「漠然とした」不安の感覚がよくわかる。文章から伝わってきた。
なんか落ち着くな。そう思ったのである。
「すべて忘れてしまうから」が残った
連載も2年を迎えると人は去る。(中略)さらに、この連載に書いたこともある知人が、この2年の間に亡くなった。彼らとの話を読み返したら、ほぼ忘れてしまった出来事だらけで、文章の途中で立ち止まってしまった。書いておいてよかった。あの夜、編集のTさんに無理やり誘ってもらってよかった。だって、良いことも悪いことも、そのうち僕たちはすっかり忘れてしまうのだから。
本のタイトルにもなっている、「すべて忘れてしまうから」。最後に出ていたこの文章が、妙に余韻が長く響いた。
まるでお寺の鐘の音のように、ぼわぁぁぁんと響いた。
私がブログを書いている意図にも通じるものだ。そう、私もすっかり忘れてしまうと思う。
何もかも。
それが嫌で毎日、B5のノートに記録は残しているものの、全部は残しきれない。しかも考えたことなんて、さらにあっという間になくなってしまう。
彼の文章を読んで、「人」さえも消えてなくなる、そしてその後忘れてしまう事実に「はっ」とした。
有難いことに私のブログの登場人物は、誰一人亡くなっていない。ブログを再開してまだ6か月と短いせいもあるかもしれないけど、これはまた有難いことを気づかせてもらった。
でもね、そのうち「私」も「燃え殻さん」自身でさえ居なくなる未来だよ。なんだかねぇ。
他人様のことを言っている場合かって話だよ。
やっぱり感じたこと、考えたことは、残しておこう。なんで残したくなるのか、それはわからない。
忘却に対抗したいのかもね。私は。
以上読んだ短編エッセイのうち、自分が気になった部分を抜き出してみた。彼の文章は、状況が目に見えるようだ。
そして決して明るくないんだよね。
東京のちょっとうす暗い路地裏で、うごめいている人たちの匂いがする。私は田舎育ちで田舎で生活しているので都会のうす暗さとは縁がない。
でも、文章から感じるものがある。
そして時々彼の昔話がでてきて、心が揺れる。それは読んでいる人(ここでは私)にも過去があり、懐かしい人がいるからだろう。
燃え殻さんの過去を通して自分の過去を思い出しているからだろう。
若い人よりも40以降の人に響くのかもしれない。
燃え殻さんもコロナを生き残り、過去を懐かしみつつ今も東京で筆を走らせて生きている。彼の日常を一緒に感じることができた、こういう生き方の人もいるんだと世界が広がった。
それがちょっと嬉しかった。
文章力アップにはならなかったかも・・・それはそれで今日も空は青い。よしとしよう。
ところで余談であるが、個性的な挿絵がちょいちょい目についた。油絵?っぽいタッチだ。
あの絵たちは何だったんだろう?
私はあまり好きではない。文章と関係あるようなないようなよくわからない挿絵だった。
あれが良いと思って載せているんだろう?美意識の違い。こんな気づきも面白い。
50代のノート難民がB5に辿り着いた|STALOGY 365デイズノート
健康のことも、心のことも、根っこにある不安は同じだと思う。私がこのブログで伝えたいことはお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

