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「あなたなら、なんて言って死にたい?」その質問で私の本音が見えた

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今回は友人との会話ではっとしたことを書きたい。

私には数人、私が親友って思っている人たちがいる。

ある時のそのうちの一人の親友との会話。

私たちも妙齢になったね・・・うんぬんで始まった会話。その中でふいに

「死ぬとき、最後、なんて言って死にたい?」

そういう話になった。結構重い話を普通にしているよ、私たち。

彼女は私と同級だ。

50代、そういう話も自然に出てくるから不思議だ。

そしてこういう話がまったく当たり前にできるから楽しい。

私たちは何時間でも話が尽きない間柄だ。

本質を見つけるための質問

この1つの問いは本質が見えてくる質問だなと感じている。

あなたは「死ぬときどう思って死にたいだろうか?」

ってきかれたらどう答える??

私の答えは

「思いっきりやりきった!!って言って死にたいな。」

ふいに出た回答だった。即答。

そうか、私はやりたいこと全部やることを大事に思っているんだ。

自分でもへぇって感じた。

お金をためることではなかった。(笑)

行動することだった。

行動にはお金がかかることもある。

であれば、どっちかっていうとお金を使って行動することを大事に感じていたんだ。

これはちょっと自分でも、あれって感じだった。(笑)

蓄財に熱心な普段の私だから。

友人は?

彼女も即答だった。

「私は楽しかった!って言って死にたいな。」

なるほど・・・彼女らしい。

彼女は楽しむことに価値を見出していた。

私のやりきるより、もっと軽やかだな、すてきだなと感じた。

「楽しかったかぁ・・・良いね、それ!」彼女に返した言葉だった。

私は素直にそう思った。

私たちの年代は時代のせいもあるのかもしれないけれど、苦労は美徳って考え方に縛られていると思う。

私の中にはのんびりしてたらいけないような気がすることがある。

親の世代はもっとそう。働かざるもの食うべからずってね。

母親は特にそれが血肉になっている。だから私も影響を受けているのかな。

これを書いてなんでもかんでも親のせいにするわけにもいかないか。とも思ってみたり。

とにかくのんびりしたりゆっくりすると罪悪感を感じるから不思議だ。

そんな我々の年代で、「楽しかった」っていう感想は、すてきだなと思った。

さすがだな。彼女。

本質的な質問の効力

50代になると、ほんとうに「死ぬときどう思って死にたいか」は考えていいと思う。

一人ひとり考えていいと思う。

いや、考えるべきだと思う。

これを考えていくと、自分の本当の源(価値観・生きる意味)が見えてくるからだ。

「私だけの源」が見えてくる。

この問いの前に

他人との関係のごちゃごちゃなんて無力。

他人とのああでもない、こうでもないっていうどうでもいい思考も無力。

どうでもいい些末な思考、それでいて脳の占有率だけはやたらに高い思考、すべて無力。

要らないものをそぎ落とす力が素晴らしい。

ワンダフル!だ。

源の価値観だけが浮かび上がってくる。

あなたも静かに自分の奥底の本心に聞いてみてほしい。

私はなんて言って死にたいだろうか?

私の本質的な質問への答え

死を前にしてあれをやってない、これもやりたかった。しまった!もう時間がない!やばい。

これはいただけない。とてもいやである。

友人と話してさらに、私は欲張りになった。

「楽しんでやり切って生きる!」これが良い。これに決めた。

(笑)

単純だ。

私が会いたい人には会って、

私が行きたいところには行って

私がやりたいことはぜんぶやり尽くす。

それらをやってる最中の私は、しっかり自分と繋がって上機嫌。

これがいい。

私の友達は楽しみたいと言った。

何を楽しみたいんだろう?

今度会ったときにぜひ聞いてみたい。

それはきっと彼女の目指す方向を指し示す問いになると思う。

私の場合、何をやり切りたいんだろう?

それは興味のあることをもっと深く知りたいってこともあるし、

知ったらそれを生活に生かしていきたい。

もっと勉強して身につけたい技術もある。

学べばそれだけできることが増える。自由になれる。

楽器も始めたい、絵も描きたい、写真も撮りたい・・・出てくる出てくる。

そしてできれば

私の周りの人の役に立ちたい。

およ、・・・そんなことを思っていたのね、私。

普段は意識しない私の思いが見えた。

自分がやりきった、自己満足、それで完結してもいいんだけど

できれば他者に喜んでもらいたい、影響を与えたい。

・・・そんな私がいた。これはちょっと意外。

私は欲張りのようである。

日常でも思考がぶれなくなる

本質的な質問「死ぬときどう思って死にたいか?」

「死ぬときどう言って死にたいか?」

これを考えて生きていると、やはり、些末なことに思考が逸れにくい。

どうでも良い思考の空回りがほとんど関係ないじゃんってなる。

このことに関連した出来事を思い出した。

先日仕事で会った社長の話だ。仕事の会話の後、最近体調を崩したと言う社長。

「仕事は好きなことを好きなようにやってきたから、悔いないよ。

やりたいことしかやらないし、俺。

ずっと前から観光バスが欲しいって思ってるんだよね。内装も自分できれいにして自分で作りたい。親族みんなで旅行行ったら楽しいって思わない?」

いいね、社長。車好きな社長らしい夢。体調も回復し楽しみにフォーカスしたのかも。

ぜひ、その望み叶えてくださいねって思った私。自分の夢やほしいものを口に出す人って素敵だなと感じた。

良い質問が自分を生かす

よい質問を自分の中に持つこと。

これは案外、生きていくうえで大事なことかもしれないと感じた夏の日であった。

あなたはどう思うだろうか?

若い人はピンと来ないかもしれない。

50代くらいからわりと響く質問だと思うがいかがだろうか?

あなたも気になったらぜひ、自分に聞いてみてほしい。

「最後どう言って死にたい?」ってね。

意外な回答がやってくるかもしれない。

そしてそれは日常の多忙に埋もれたあなたの本心かもしれない。

本心に従うと楽に生きれるかもしれない。

やってみてほしい。

私はこの問いを意識して生きていく。

参考にしてもらえれば、うれしい。

こうした問いも、私の中では強運の法則の話と地続きだ。

何度失敗しても諦めなかった理由。50代が『強運の法則』から学んだこと

孤独との向き合い方の原点は、こちらに書いた。

孤独が怖い? 50代おひとり様の私が「孤独は美しい」と思えるようになった話

こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

社会保険労務士という肩書とどうつきあっていきたいのか?

遺言書は50代から書くべき理由|遺言書を書いたら、死ぬ前にどう生きるかが見えてきた

「絵も描きたい」と書いたあと、実際に描き始めた話は絵を描けるようになりたい50代が、『脳の右側で描け』を始めてみた①に書いた。

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