個人事業主の人は多いのだろうか?
サラリーマンで副業で事業収入を目指している人も多いのかな?
これからは個人の時代らしい。
多くなるんだろうな。こういう人たち。
私は事務所開業の個人事業主だ。小さい小さい個人事業主。(笑) まさに蟻さんだ。
50代で蟻の私が大御所税理士と話したことを書きたい。
税理士は70代 現役の凄い人
今回、話をしたのは後期高齢者になったと笑う現役大先生だ。私の決算をみてくれている大変お世話になってる方。
先生は役所を退官して税理士事務所を開業した。
以下は先生のお話だ。
最初は、当時から顔見知りの人の税務だけしていたよ。そこからお客が「自分も見てくれ、うちも見てくれ」お客の紹介でどんどん増えていった。人だよ人。
いろいろな人と話す機会があるから、
「あ、それ良いな」って思ったら取り入れるだろう?そうやってどんどん自分がアップデートされる。おかげで年取らない。(笑)
今やもう、お客が多くて困るくらい。
先生の中では、稼げることが一つの価値基準になっている。
小さくなる私がいた。
個人事業主は強くあれ
そして「個人で開業する人間は強くないとあかんよ。サラリーマンじゃないんだから攻めの姿勢ね。自分でやって自分で責任をとる仕事だからね。税理士は間違えると損金を被ることもあるよ。当然だけどね」
そこは私もよくわかっている。
時々辛くなる要因でもある。
先生は優しい。そして話している内容は真実だ。
大先生と私 象さんと蟻さんみたい
先生は数字が出た年は「よく頑張ったね。わしが開業したときより数字が大きいよ」って褒めてくれた。
その後私は、相性重視に方向転換。
合わない顧問先はなくなりスリム化。
それで顧問数は落ちた。
今なお蟻さんである。
非常勤職員も兼務しているから、時間は半分取られ仕方ないのはある。
これがあるから安定するし、あくせくする必要がなくなったといえる。私にとっては大事な仕事だ。
象さんはもっとできると思ってくれている。そして蟻の私はそこまで頑張りたくないと思っている。
開業当時は必死さMAXだった。そして今
私も開業した時は、ほんとうに稼げる見込みがなかった。1円すら稼げそうになかった。自分の食いぶちは自分で何とかしなくっちゃと必死だった。
知り合いに声をかけ、得意でもない会合に出席し、企業の集まりに会費を払って加入した。数字だ、顧問先だ。もう焦りまくっていた。このあたりの奮闘は別の記事で書いた。
40代・50代から社労士開業は遅い?47歳で開業した私が8年続けて思うこと
あれから数年。
さっきも書いたけれど、ご縁あって非常勤職員で勤務を始めることができた。
月10日である。
顧問先は多いときに比べ、報酬としては減っている。あの会社たちがずっと顧問先であったなら結構数字は伸びていただろうと思う。
その分大変で神経が磨り減るけどね。
問題の多い会社もあったから。
大先生に言わせれば、それをやってこその事業主だってことだろう。
今の私はご縁を大事にするだけ
今の私は稼ぐことより、自分のやり方を大事にしたい。
稼ぐことより、私との相性であったり方向性が合ったりが重要だ。
大先生とはちょっと違う。
でも、それでいいと思うし、それしかできないとも思う。
無理にやることでもないし。
私に紹介してくれる他士業の先生方。先生方とのご縁を大事にしたい。
先生方の期待に応えたい。だから紹介されたときは、全力投球である。
(紹介でしか仕事をしていないともいえる (笑) 営業は休業中)
大先生の「個人事業主は強くあれ。」これは確かにそうだと思った。
私に足りない部分かな?
それでも開業して数年、私なりに個人事業主の立ち位置も理解できて来た。
蟻には蟻のやり方がある。
蟻は蟻として成長するのである。
結論、稼ぐことは正義。
でも私は私らしく、安定を得つつご縁を紡いていく。
これがベストだ。
今回は大先生としっかり2人だけで話す機会を得た。
先生は凄いな、流石だなと感じただけではなく、自分の先々の働き方を考えるきっかけになった。
「人だよ、人」ですね、先生。
私にとっては先生も「その大事な人」なんですよ。
私は感謝の思いが湧き上がってくるのを感じた。
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働き方のことも、結局は「どう生きたいか」という話につながっている。このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。
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