ブログが読まれない。そう思って「ブログ 読まれない」と検索したことはないだろうか。私はある。そこで知ったことと、そのあと自分と話して出した答えを書いておく。
私がこのブログを最初に立ち上げたのは5,6年前のことだ。
70記事くらい書いて、このブログの元祖版は筆が止まった。
2026年5月、AIを利用し始めて、止まっていた元祖版ブログが再び動き出した。
詳しくはこちらに書いている。
そこから半年近く経とうとしている。思うことを書こうと思う。
「ブログ 読まれない」と検索したら、悩んでいるのは私だけじゃなかった
私のブログは全く読まれていない。全くというと語弊があるが、それでもほんと、読まれていないのはホントのことだ。そりゃ、書いてることは私が関心あることばっかりで、みんながそれに興味があるわけじゃないってことはわかっている。
それに文章だって素人。
私は駄文を書いてるにすぎないから、読まれないのも理解できる。
ある日、ふとした時に思った。
あまりに私のブログが読まれないので、「これは私だけの問題なのか?」と思ったのだ。
そして「ブログ、読まれない」で検索してみた。
・・・そういうことなのか?!
世の中、文章を書いている人はいっぱいいて、それをブログ、noteで公開している人もたくさんいるらしい。驚いたのは、多くの人たちが「読まれない」ということで悩んでいたって事実だった。
みんな悩んでいる、そして書いている、そして続けている。もしくは止めている。
みんな同じ悩みがあるのか。
・・・
読まれないブログ、やめる?続ける?|50代の私が考えたこと
読まれるためにSEO、「検索意図」「読者の問題解決」などを学んでいくんだろう。
読まれないより、読まれたほうが良い。
ブログで稼げないより、稼げた方が良い。
誰だってそうだろう。
私だってそうだ。
24時間の持ち時間の中で、ブログにかける時間は長い。そのうえ文章を紡ぎだすので頭も使う。時間と労力を投入している。
だったら成果が欲しいよね?
なのに、誰も読まない。報酬もない。
・・・
効率を好む脳は「止めたほうが良くないか?」と考え始める。
私も同じだ。
そして止める人もいる。
もしくは他者、コンサルなんかに相談する人もいる。
さらに期限を決めて更新し続ける人もいる。
みんな頑張っている。
生活の中心にブログを置いた人。あれをすればブログを書ける、このことも書けるって自分の行動をブログに紐づけて生活していた人。でも、彼のブログは読まれなかったという。心が痛くなった。
(彼はブログではなく、別の方面で文章を書いて認められたらしい。良かった。)
そもそも、なぜ50代の私はブログを再開したのか
私はブログ、noteといった個人発信のノウハウを持っていない。ド素人だ。
そんな私も「SEO?検索意図?」調べてみた。
もちろん意味はわかる。
知りたいことを知らせてくれる記事が重宝されるのもわかる。
わかるけど、自分のブログはどうなっている?
私は自分が50代っていう年代になり、本当の意味で「これから」を考えるようになった。
いや、考えたほうが良いと思うようになった。
それまでは自分の生活、仕事、お金など、切羽詰まった事情で手一杯。
生き方をマジで真剣に考える余裕がなかった。
が、ふと立ち止まった。
なんで立ち止まったんだろう?とにかく止まった。
その立ち止まった時期とAI登場の時期とが重なった。
そしてブログが再開したわけである。
どうせ考えるなら、行動するなら、同じ50代の人の参考になるんじゃないかと思ったからだ。
ところが、参考になるどころか読まれないのである。いや、見つけてもらえないというべきか。
そうか、そういうことか。みんながぶつかる壁。
私はちょっとわかった。そして暗くなりかけた。
ずっと書いてもずっとこのままってこともあり得るからだ。
いや、その可能性が高くないか??
ゴーンと鐘が頭の中で鳴った。
AIに聞いても答えは「わからない」だった
AIに聞いても「読まれるかどうかはわからない」という。
「このまま書き続けていても、読まれる保証はないことは伝えておく。」
・・・そこ、伝えるのね。(;^_^A
AIはある意味適当なシステムで、「文章は良いけど、どうのこうの」と理論を展開しているだけだ。
AIにもわからない。
そんなもの、私にわかるわけないって話だ。
で、どうする?私よ。自問自答してみた。
結論|読まれなくても、私は書き続けてみる
・・・どうする?
・・・どうしたい?
答え、「これしかできないので、このままやってみる」と出た。
そうか、やってみたいんだな。
私は了解した。
その上で私は続けた。
一言、言っておくよ。
「自分にとって大事でも、それをみんなが考えているかっていうと違うよ。考えない人もいるからね。」
関心は人それぞれ。だからみんな個性的で面白い。それが世の中だ。
つまりこれからも、読まれない可能性は大いにある。
みんなの関心からの「ズレ」。
文章力のなさ。
「問題解決」になってない評価の低さ。
原因はいろいろだ。
そこは理解しておこうってね。
そして、もし君がもういい、ほかのことがしたい
そう思ったらそれをやろう。
人間1日は24時間だ。
ブログに固執する必要はないんだから。
ブログが「夢」になったら、読まれなくても書けるかもしれない
ブログが私の夢になったら、誰にも読まれなくても書き続けることができるかもしれない。
私がわたしにみせる「夢」だからだ。
森博嗣さんなら「それで良いよ」って言いそうだな。
誰にも言わなくてもやりたいか?|森博嗣『夢の叶え方を知っていますか』を読んで⑤
さて、このブログがこの先どうなるか。
それは誰にもわからない。
当の私にもわからない。
「わからない」からこれからが楽しいのかもしれない。人生ってそんなものだ。
それはブログにも当てはまるんだと気が付いた。
文章に書いていくと新しい気づきがあるから、楽しいよね。
ブログを続けてみると言った「わたし」が呟いた。
外はもう夜明け。10月の快晴を予感させる夜明けだった。
インプット7:アウトプット3は間違いだった。ブログを書くことが最速の自己成長だと気づいた話
AIは人生の答えを教えてくれない|『孤独に生きよ』を読んで考えたこと
発信のことも、結局は「どう生きたいか」という話につながっている。このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。
その後、ブログを仕事や50代の挑戦より下に置くと決めた話はブログの定位置を決めた|仕事・50代の挑戦・ブログ、私の優先順位に書いた。
読まれない原因として、サイトマップを疑った話は50代ブロガー|記事は頑張って書いたけどグーグルに読まれていなかった話に書いた。

