大学の授業で出会った「アラヤ識」という言葉に、数十年ぶりに再会した。
無能唱元さんの『得をする人』という本の中で。
忘れていたはずの言葉が、なぜかずっと私の記憶に残っていた理由がわかった気がした。
「アラヤ識」という言葉を久しぶりに聞いた。
大学在学中に私はこの「アラヤ識」という言葉に出会った。
確か現代国語表現とかいう一般教養の授業だった。
国文学科の教授が綺麗な文字で縦書きで「アラヤ識」と黒板に書いていた。
「アラヤ識」の説明を終えて
「あなたたちは接する言葉に気をつけなければならない。何故ならそれらはすべてアラヤ識に記憶されていくから」
そして
「それらの言葉はずっとあなたの中に残る。死ぬまで残る。これはとても恐ろしいことですよ。」と言っていた。
国文の先生らしく、
黒髪を額の中央で分けたボブスタイルで、
色白で、目が細く、能面のような顔立ちの人だった。
声は高くよく通っていた。
懐かしい。
「アラヤ識」かぁ。
何故か記憶に残っているんだよなぁ。
国文の先生はたしか、「言語アラヤ識」って言っていた気がする。
そしてあのときから数十年後の今、私はまた「アラヤ識」という言葉に出会ったのである。それがこの「得をする人」という無能唱元さんの書いた本の中である。
「アラヤ識」とは今でいう「潜在意識」ととてもよく似ている。
「アラヤ識」に刻印されたことが未来において形をなして現実になる。
どうやったら「アラヤ識」に刻印できるのか。
【引用】
このアラヤ識というものをコンピュータのように考えるとわかりやすいかもしれません。今、人間が何かを考える、そして、考えたものが全部アラヤ識にインプットされるんじゃない。ここがだいじなところですよ。アラヤに入るには前提条件がいるんです。感情を伴わなきゃ駄目なんです。考えたころ、つまり思考というものに感情というものが加わって熱をもつと「念」というものになるんです。
思ったことが「念」になると、それはアラヤ識のプログラムに入るのです。それで記録されることになる。(中略)
ただ思うだけでは刻印されない。感情という熱が思いに加わると、アラヤにインプットされる。怒りや不安は感情を伴いやすい、だからこっちに傾きやすいのかもしれない。
アラヤに刻印して、願望を達成させるには、日常の感情をつねにプラスにしておくことだという。無能さんはそれをピンクと表現した。感情を伴ったピンク。これ存外難しいよ、先生。私は独り言を言った。
【引用】
「無能先生、私は先生のいわれるとおりに一生懸命ビジョンを思い浮かべて、3年やっているけれど、ちっとも叶ってこない。どうしてくれますか」なんていう人がいる。「どうしたらいいんでしょうか」に対して私は「それはね、私のところに、そういう文句を言ってくるのを辞めれば良くなるよ」と言ったんです。これは冗談みたいだけど、本当のことなんです。
人にクレームをつけるなんて、そういう心がけでは、頭に思っていることと、感ずることは、プラスとマイナスの相殺作用になってしまう。(中略)いま仮に、プラスの色をピンクとする。マイナスの色をグレーとする。グレーのものがどんどんアラヤにたまっていくと、そこはどっぷりグレーになってしまう。そこへピンクの願いが飛び込んできても熟長広大しないんです。ピンクはグレーに打ち消されて、純粋なピンクはアラヤに入っていかない。だから皆さんの願いはそこで終わり。(中略)
人間は、とかく自分の感情をグレーにすることを好む性格がある。ほっておくと、自然にグレーになっちゃうものです。で、アラヤの中はすっかりグレー。ところが願いはピンクですから、そこに入ってきても、すぐそのピンクはグレーに打ち消されてしまいます。
無能さんの表現がわかりやすい。
そうか・・・無能さんに対して、文句を言うこともマイナスなんだ。
(私、先生がいたら言いそうだ、この文句)
こういうことって日常でよくあることだと思う。
他人に対して、事実としてこうしてくれたら良かったのに・・・と言うこと。
ある気がする。
マイナスは駄目と知っている私でもやっているかもしれない。
いや、やってるだろ?!
多分。
私の認識はまだ甘い。
日常の感情をピンクとグレーで表現するあたり、感性の素晴らしさを感じた。
私の日常はピンク一色にしていたい。
濃いピンク、薄いピンク、ベビーピンク、どれも素敵だ。
私はできるだけ、感情を伴った桜吹雪を心に舞い起していたいと感じた。
あなたの心の色は今何色だろうか?
私の心の色は今何色かな?
深呼吸して感じてみよう。
この本が気になった人はぜひ手に取ってほしい。
無能さんの本からの気づきは、まだ続きがある。身・口・意を整える方法、そして「一期一会」の本当の意味について、こちらに書いた。
→ 「陽転思考」で人生は変わる。50代が『得する人』から学んだ、身・口・意を整える話
諦めなかった理由は、こちらに書いた。
→ 何度失敗しても諦めなかった理由。50代が『強運の法則』から学んだこと
こうした気づきも、私の中では一本の線でつながっている。
このブログ全体の考え方はお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことにまとめている。

