「働けなくなる」という言葉を聞いて、あなたはどんな場面を想像しますか?
私はずっと、定年や退職のことだと思っていました。
でも50代になって、社労士として仕事をする中で、
少しずつ気が付いてきたことがあります。
会社員として働いている頃は「働けなくなる」と聞くと、
会社を辞めることだと思っていました。
定年とか、退職とか、倒産とか。
でも最近気が付きました。
働けなくなるって、もっと静かに来るものなのかもしれません。
社会保険労務士になって気が付いたことを書いてみたいと思います。
あなたは「働けなくなる」ってどういう場面を想定するだろうか?
私は会社員を20年以上やってきた。
働けなくなる、つまり定年とか退職するってことって考えていた。
もちろんある日突然に働けなくなる倒産もあるだろう。
でも以外と働けなくなるって静かにやってくるものかもしれない。
働けないをちょっと考え違いしていた私
会社員時代、60代の上司が百貨店のエスカレーターに乗ろうとして急に倒れたことがあった。彼はかなり太っていて脳梗塞だったらしい。
突然倒れた上司を見て私は〈大病・事故・倒産〉だと思い込んだ。
でも今思えば、彼にも予兆はあったはずだ。
働けなくなるって映画やドラマになるような、「突然」だけじゃないってことだ。
働くことができないって足音を忍ばせてやってくる
私も最近感じる。
50代になって、どうも疲れやすくなっている。
何をするのも面倒だなって感じる。
そして感情が高ぶってイライラすることも増えてきた。
→ 50代女性、更年期だと思わなかった私に出た3つのサイン
さらに健康診断の結果、思わぬ悪い数字がでた。
→ 管理栄養士なのに血糖値で固まった日|50代の私に起きたこと
自分の体だけじゃない、まわりも変わってきた。
人間って急に倒れることばかりじゃないってこと。
体が徐々に働けなくなるほうに変化していく。
これは年齢を重ねて初めて実感できたことだった。
そうかぁ、こういうことだったんだって。
ある依頼者が私に見せてくれたその姿。
進行性の病気を抱えた依頼者がいた。
障害年金の申請代行依頼だ。
→ 障害年金について書いた記事はこちら
その人は、進行性の病気でありつつも障害者枠で一生懸命働いていた。
会社に病気の配慮をしてもらっての毎日だった。
進行性・・・
前はこれができていたのに今はできなくなった。
これを時系列に聞いていくのが私の仕事。
体の力が80→70→50→30となくなっていく。
依頼者は進行性の病気故、近い将来働けなくなることは確定していた。
それは第3者の私から見てかなり重い事実。
でも依頼者は冷静に投げやりになることなく、現実を受け入れていた。
落ち着いていた。
なんなら私より病気に対しては冷静沈着、的確に受け止めていた。
私は「働けなくなる」恐怖を依頼者の未来に見た気がした。
依頼者をみて自分だったらどうするか?自分に置き換えて見ていた。
依頼者は本当に強い人だった。
私が同じ状況であれができるのか?
その恐怖におののかずにいられるのか?
それがどれほど難しいことか、わかった気がした。
依頼者は前向きで一生懸命で、私は拝みたい気持ちになった。
だんだん進んでいく病状。
だんだん働けなくなる日が近づいてくる足音を静かに聞く心境。
ふと恐怖に駆られることがあると想像した。
怖くなった。
だから私は小さい抵抗をしている。
私は病気ではない。
でもさすがに20代に比べると体力は落ちているし、
血糖値も上がってしまった。
依頼者は病気でもっと激しいものに向きあっていた。
そして高齢者たちも多かれ少なかれ、働けなくなって自分の体の変化に向き合っている。
結局、自分からだは自分が守るしかないのだ。
逆に言うと、自分の体しか守れないのだ。
だから私は私の体を守っていく。
階段を使う。
食べ過ぎない。
睡眠重視。
無理をしない。
大したことはしていない。
小さいことばかりだ。
ほんとはもっと運動量を増やすべきだと思う。
しかしできることから第1歩だ。
働けるって最高にありがたいことだった
仕事なんて早く辞めてのんびりしたいな。
そんなことを思う日もあった。
そして今でもそう、ぼやくこともある。
でもよくよく考えたら「働ける」ってことは、
とても幸せなことなんだと最近思う。
それは社会保険労務士の仕事をしているからもしれないし、
自分が50代になったからなのかもしれない。
働きたくても働けない人もいる。
会社ともめて解雇された人もいる。
病気の進行で辞めざるを得ない人もいる。
健康で仕事ができる。
これはなによりの僥倖だ。
そう思えるようになったこと自体が、50代の贈り物かもしれない。
このブログ全体の視点についてはお金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいことに書いている。

